Acta est fabula.


一瞬、ローだ。なんて気軽にも思ってしまった思考を、はるなはすぐに打ち消された。

どうして漫画の人物が目の前に現れ私を殺そうとしているのだ。
私は現実の人間であって、彼と話すようなそんなファンタジーな世界には生きていない。



……ファンタジーな世界に 、
………生きては…………


……夢……





「……私、死んじゃったの……?」
「あ?」


呟いた言葉を聞いて、ローは訝しげに眉間へ皺を寄せた。不愉快そのものといった顔で目の前の女を見下ろしている。はるなはそれを今度は焦るようにじっと見返し、風貌を記憶の中と照らし合わせた。細身の肉体がすらりと甲板の上で太陽を背に緩やかに立ち、その片手に握られた刀はどうみても真剣で刃が白の光を受け輝いている。つかんでいる指にははっきりとDEATHの文字が掘られており。何より彼の着ているパーカーに描かれたマークはジョリーロジャー……、ハートの海賊団のマークなのだ。

精巧なコスプレなのだろうか?
一種のパロディによる注目集めのテロリストの奇行?そういうものなのだろうか、

はるなはぱちぱちと自分を見つめる目を伺ってみるが、彼の顔立ちはまさにトラファルガー・ローそのものなので、最早現実味すら感じられなくなってきていた。死後の世界なのだろうか。
そういえばローはワンピースでもトップ3に入るほど好きだったもんな、とひとりごちる。

「………船長?何してんすか」
「……………」

突然声がしたと思えば、ぞろぞろと足音がいくつも甲板に近づき、仰向けだった体をあげ前を見れば、目の前にはあのツナギを着込んだクルーたちが、まさに完璧にその姿をし勢ぞろいしていた。あまりの完成度の高さに はるなは目眩すら感じそうになる。
そしてクルーたちは戸惑うようにこちらを見ていた はるなに気付き、変な物を見るようにその周りを囲んで小さな頭を見下ろした。

「なんですこれ?」
「しらねェ、いきなり現れやがった」
「能力者でしょうか」
「可能性はあるが、弱すぎる」
ローは、PENGUINと書かれたキャップを深く被る男と話ながら、不意に抜かれた切っ先で はるなの頬を撫でるように切った。
一瞬のことで、 はるなには何が起きたかわからなかったが、え、と思ったときには頬に小さな痛みが走り、指先で触れれば、そこには血がぷつりと浮いていた。
夢なのに、痛みが何もかもリアルに感じすぎて、 はるなは硬直した。

「殺しておきますか?」
「そうしろ……死体は海に捨てておけ」
「!?ッ……まってください!」

恐らく彼はペンギンだろう、男がこちらを向き持っていたナイフをすらりと抜いたときにはるな は咄嗟に体を起こし土下座の姿勢で顔をあげた。喉が震えている、まだ頬の痛みが消えないのが、自分の恐怖を確実に浸透させてきている。何もかもが現実のように光を帯びているのならば、殺されるという、その事実も恐らく何一つ狂いなく自分へ痛みとして届くのだろう。
はるなはびくびくと震えながら、ゆっくり頭を下げ船に戻ろうとしたトラファルガー・ローの方へ命乞いをした。

「……どうか、お願いです……次の島まで、わたしを、この船に乗せてください……」
「……なんでここにいたか答えろ」
「……わたしにもわからないんです……気付いたらここにいて、あの……本当に、命だけは……」
「…………どうします?」
「海賊にはみえねェっすよね、一応」

船員がぞろぞろと伺うように はるなの頭へ冷たい視線を向ける。 はるなは顔をあげて、未だ鋭く自分を睨みつけるトラファルガー・ローの顔を見返した。この人がその気になればわたしは気付くこともなく死ぬことになるのだろう、一瞬たりとも変なことを喋ろうとしては駄目だ。
ましてや、漫画の世界の貴方たちをしっている等とも、口が裂けても言うべきじゃない。

「……航海の暇つぶしが出来たな」

トラファルガー・ローは、ぽつりと呟きながら、やがてその静かな口角をあげ はるなの顔を物色するように眺め嘲笑した。

「ベポ、下の倉庫に突っ込んでおけ」
「アイアイ」
「何でもするって言ってたからな、……楽しませて貰えよ、お前ら」

そう言って踵を返したトラファルガー・ローの一言に、船員たちは低い声を漏らし顔を揃えて下賤な笑みを見交わしている。
嘘、と声にすることも出来なかった。

近づいてくるシロクマが、こっち、と呼ぶ声すら最早ちゃんと届いていなかった。
座り込んだまま動こうともしない事に気付いたベポがはるなの体をひょいと持ち上げれば、そのままだらりと力の抜けた腕は動かず為す術もなく船へと入っていく。
自分の体を値踏みするように上から下まで這い回る視線に息が詰まり、はるなは地下に下りるまで言葉一つ発することが出来なかった。











(芝居は終わりだ)

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