Videre est credere.


頭がいたい。首も痛い。
そして抑えられている背中は容赦のない男の体重によって痛いなんてもんじゃない。
身動きどころか呼吸も出来ない程に苦しかった。びくともしないから動く事をやめても、男は足を動かさないまま、静かにしている蛙を踏みつぶす様に淡々と力を込めていた。

(……なに、これ)

「もう一度言うぞ、誰だ」


聞こえてくる声の雰囲気から、青年くらいの男性だと、はるなはなんとなしに想像したが、その声が確かに自分に伝わる、彼が日本人であった事がまだ良い方に思え、男の顔に目を向けられないまま口を開いた。

「…… 小嶋はるなです」
「何でここにいる」
「…………」

無言、回答は無し。答えるべき言葉の整理がつかないでまごつくはるなの態度を反抗と見なしたのか、男はぐっ、と踏みつけていたはるなの背中へ更に深く力をかけた。肺が押さえつけられる感覚が一気に痛みへと変わり、体中が硬直した。様子がおかしいと思ったのはその時からだった。
仮に自分が何かの事故に巻き込まれ船に乗せられたとしても、何故こんな扱いを受けているのだ。私は犯罪を起こした事などないし、ついさっきまで普通に自転車に乗っていた。
免許は無いが飲酒もしていない!
混乱していく脳が先ほどの光景を何度もフラッシュバックさせるが、横断歩道の中に飛び込む車のライトがまたたいて、その先は真っ黒に染まっていた。意識を失った間に何があった、そんなに時間はたってしまっていたのだろうか、それにしたって、この状況は奇怪すぎる。

相手は日本人だろうし、この船の雰囲気から一度無いと線を引いていたとある国のラチ、……その二文字が再びはるなの頭に降ってきて、はるなはいよいよ緊張に背中が冷たくなるのがわかった。

何が起きている、どこへ向かっている。

………私は殺されるの?


「……オイ、いつまで黙ってるつもりだ」

男の低い声にビクリと肩を揺らせたが、質問の意図か読めないせいで、何を言うべきか唇は震えるだけだった。
何故ココに?つれてきたのはそちらではないのか?
あの時、深夜に私は倒れ、車で沖から連れ出されてしまったのだろうか。
恐怖で息が荒くなるのがわかった、押さえつけられた頬にじんじんと痺れが響き、喉に触れている何かの先端と背中の圧迫でどうしようもないほどはるなは怯えきっていた。実際、思考回路すらもまともに働いてはいない。

「……ろ、いで、……」
「あ?」
「ころ、さ……ないでくださ………」
「…………」

ようやく口にする事が出来た一言に、男は黙り込んだ。
突然、背中の圧迫がなくなり、そのまま離れた足がはるなの腹の下へ入り込みひっくり返すように体を持ち上げられる。仰向けになった体に今度は抜かれた刃……刀の切っ先が頬に触れて。 はるなは目を見張った。




「俺はなんでここいるのか聞いてんだ」






驚くのも無理はない。

目の前にいたのは、架空の人物。
漫画ワンピースの海賊、
トラファルガー・ローその人だったのだ。








(百聞は一見にしかず)

back




- ナノ -