Hinc illae lacrimae.


そして、物語は冒頭に戻る訳なのだが。
何故私は今、船らしき場所の甲板らしき場所で海らしき地平線を眺め航海らしき事をしているのか。
何一つ説明も理解も出来ない状況に、ただ口をぽかんと開けて、ひなは辺りを見回した。右も海、左も海、ついでにと後ろを見れば、後ろには海ではなくやけに黄色い部屋らしき場所と、その入り口があった。形を見ただけではピンとこなかったが、恐らく個人船なのだろうと、はるなは静かな船の上で考えた。数十人は難なく乗れそうな大きさではあったが、如何せん形が変だ。ださいとかお洒落とかそう言った部類ではなく。あまりに自分の脳内に描かれる船の形とかけ離れた“見たことのない形”をしているので、 はるなにはそれが一般的な客船や漁師の舟とは意図の違う別の何かではないのかと考えた。
前をむき直しても見える灯台も何もない、カモメすら飛んでいやしない。
地平線は穏やかにどこまでも広く、海は綺麗であったが、それだけで海域をぴたりと当てられるような特技は勿論持っていなかった。
目が覚めたら突然の海、その状況に一瞬頭に浮かんだラチ、という強烈な単語をすぐに振り払い、はるなは現実を見つめ直す。

――私は車にはねられたはずだった。
本来なら目が覚めたなら、自分は病院にいなければならないのだ。
病院に運ばれてないのならば、棺にでも入ってなければならない。って、私は日本人なのだから、火葬だ、火葬場に運ばれるのか?
いや、死んでしまったらとりあえず実家にいる父と母が葬式を開くから、どこかの会館に連れて行かれるのでは?いやいや、私は生きているのだ。今こうして、だから、つまり、
魂があるわけで、……

死後?


はるなはつん、と、自分の首の後ろに何か触れたのに気が付いた。
けれどそれが何か振り向く前に、その先が はるなを地面に押し倒し、背中に押しつけられた足で体はべしゃりと船の木に押さえつけられてしまった。かなりの力でやられた為に、目がちかちかと思考が飛び回り、一瞬何が起きたのか追いつかないまま、頭の上に下りてきた男の声が、はるなの耳に静かに届いた。



「誰だてめェ」










(なるほど、そういうわけか)

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