テスト1週間前、うちの先輩みたいな例外はいるけど基本どの部活も活動は停止。気乗りしない勉強なんかで頭使うより身体を動かしたいのは当然だけど、もし赤点なんか採ったらうちの我儘エース様に馬鹿にされること必須。人事を尽くしていないからこういうことになるのだよ、ってな。まぁ俺としても練習が出来ないのは堪えるし、大人しく机に向かいますかね…って英語のテキスト用意した瞬間、辞書を学校に忘れたのを思い出してあっさり出鼻を挫かれた。




「姉ちゃん、入るよ」

コンコン、と形式ばかりのノックを2回。今日は土曜だし、3つ離れた大学に通う姉も学校は休みのはず。時間はお昼11時。昨日もゼミかサークルかなんかの飲み会で遅かったしまだ寝てるかな。寝起き早々辞書なんか使わないだろうし借りても大丈夫っしょ、なんて言い訳じみたことを頭の片隅で思いつつガチャリとドアを開いてお邪魔します。現役JDのお部屋なう。姉だけど。やっぱりというかなんというか、ベッドには規則正しく上下する膨らみがあって、こりゃああと2時間は起きてこないんじゃねえの。



お目当ての辞書を本棚から拝借して、お邪魔しましたってそろりと部屋を出ようとして、……なんとなく、ベッドをちらりと覗き見る。いつもはケバくない程度に華やかな顔が、すっぴんだからか寝てるからか年の割に幼くて。姉弟仲は悪くはないけど昔ほど顔を合わせることも話すこともなくて。そっと近付いて膝をつく。弟の贔屓目なしにしてもかわいいと思うし、中学のとき遊びに来た同級生なんかは高尾の姉ちゃん美人だよな!なんて口々に言ってたし。ただそういう奴には、姉ちゃんのこと知らねえくせに外見だけでなに言ってんだよ、ってムカムカしたり。はぁ、思いだしたらまたちょっとイラってした。


そっと手を伸ばして、顔にかかる俺と同じ真っ黒な髪をさらりと払って。真っ白な頬をさらりと手の甲で撫ぜて。

「姉ちゃん」
「ねえ、ちゃん」
「…名前」


同級生が美人だって言う度ムっとして。知らない男と話してんの見てイラっとして。彼氏なんか連れてきたときは3日は口を利かなかった。口を開けばなにを言うかわからなかったっていうのもあるし、ただ、俺が、俺が知らない姉ちゃんのカオを見るのが辛かった。

俺は弟で…名前、は、姉で。血が繋がってて。意味わかんねえわ。なんだこの感情。情けない顔してんのが自分でもわかって、詰まる息を吐き出して俯く。いい加減、自分の部屋戻って勉強しねえと。音を立てないように立ち上がって、もう一度だけ、横目で寝顔を見る。



「なんで俺はお前の弟なんだろうな」



















「ねえカズ、わたしの辞書持ってった?」
「おー、テスト勉強しようと思ったら学校に忘れててさ。借りようと部屋行ったら姉ちゃん寝てたし起こすのも悪いし勝手に持ってった!」
「別に起こしてよかったのに…」
「昨日も遅かったんしょ?休みの日くらいゆっくり寝させてあげようっていう出来た弟の優しさじゃん?」
「なーに言ってんのよバ和成。テスト前なんでしょ?赤点なんか採って部に迷惑かけるんじゃないわよ〜?」
「わーかってるよ!」



わかってるよ。



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