「名前、名前」 何処に行ったのだ、彼女は。 全く、少し目を離した隙にいなくなる。 神様の庭 俺の部屋から本を持ち出しては気ままに移動して読み耽る、宛ら猫のような振る舞いが何故か憎めないのだ。 日当たりのよいところを探し、廊下もリビングも構わない。今日のように晴れた日は、庭へだって出ていく。 ならば。 (今日は、外か) 俺はテラスから足を踏み出した。 花壇の傍や離れ座敷の陰、庭のど真ん中から裏庭まで、名前のお気に入りの場所はいくつもある。俺は隈なく歩き回った。 唐突に「おやつはロールケーキが食べたい」と言い出したから急いで用意させた。それなのに、ついさっきまでそこにいたかと思えばこの時刻になってから忽然と姿を消している。 よくあることだが、 (振り回されている…) とは言え、名前を捜すこの時間が、実のところ俺は嫌いではなかった。 名前を呼べば、本に注いでいた視線をぱっと上げて「征十郎!」と歯を見せる。あの擽ったい瞬間が、俺を動かすのだ。 名前本人には、決して言わないけれど。 (やっと見つけた) そこは、庭のずっと端にある大きな広葉樹の下、枝葉を大きく広げた陰に。 「名前…君はまたこんなところで」 寝ているなんて。 夏のような暑さが少し戻ってきたような今日の気温ならまだ暫くは大丈夫だろうが、夕方になれば身体を冷やしてしまう。 俺が捜しに来ることを、見越していたに違いない。まんまと彼女の思う壷だ。 開いたままの本を胸の上に伏せて、熟睡していた。膝下丈の白いワンピースの裾が、時折風で僅かに舞い上がる。 靴まで脱ぎ捨て、青々とした芝生の絨毯を存分に楽しんでいるらしかった。その白い素足が、午後の日差しをも享受している。 「大学生になったのだから、少しくらい落ち着いたらどうなんだ」 ふとそんなことをごちてみた。 昔に比べればじゃじゃ馬な性分は鳴りを潜め、立ち居振る舞いは随分と大人の女性に近付いた。が、それでも根本は変わらず俺を困らせる。今のこの無邪気な寝顔がそのいい証拠だ。起こすに起こせない。 高校のときから色濃く残っている幼さが、何処か魅力的に感じてしまう。 ここ最近は益々、時間を重ねる程。 自然に目覚めるまで、そっとしておきたいような。 「……」 はあ、と溜め息を吐いた。 羽織っていたカーディガンを脱いで名前にかける。 出会った高校一年生のときは、名前のその子供っぽさに辟易していたことさえあったのに。 不思議なものだ、とつくづく思う。今になって、そんな彼女に救われることもあるのだと知った。 こんな、休日の過ごし方があったのだと。 普段の忙しさに追われる日々の消費から考えれば、無為かも知れない。だがそれも悪くない、とつい螺子が緩んでしまう。 隣に、名前がいるからだ。 彼女は、なにかそういう力を持っているのかも知れない。俺の手を休めさせるような、緊張を解きほぐすような、そんな力を。 名前は決して休息を無理強いはしないし、ことばでは言わない。ただ、俺自身の不可抗力が働くのだ。 (一日くらいは、いいだろう) 時間が世界の決まりより緩やかに進むことや、止まることはない。だが、針が突然速度を上げることもない。 ああ、これを彼女のペースというのだろう。 遅めのティータイムに文句を言われても絶対に耳を貸さないと固く心に決め、隣に寝そべった。 すぐ近くに名前の温りと、長く真っ直ぐな黒髪から漂う甘やかな香りを感じる。思わず緩む口元を自覚しながら、光沢を放つ髪を一房手に取って梳いてみた。 軽く閉じられた掌にさえ目を奪われ、ゆったりとした寝息に俺の睡魔をも耳を傾ける。 確かにこれは、 「眠らずにはいられないな」 ゆっくり瞼を下ろせば、あとは彼女の意のまま、時の流れるまま。 ここは、名前が束の間眠る為の場所。 つまり。 何処よりも神聖で、清らかな . |