第16話
事務作業の眠気覚ましと気分転換に、校内の見回りをしていた時のことだった。
校舎の裏に、小さな影がかけていったような気がして、後を追う。
ガサリ、と植え込みの影にしゃがみ込むように隠れていたのは、長いボーダーのマフラーをまとった少年。
おお、ランキングフゥ太だ、と可愛らしい子との遭遇に笑みが溢れた。
「ねえそこの君、迷子かな?大丈夫?」
ハッとこちらを見た彼は、私の制服と腕章に気付くと目を輝かせる。
「その格好、風紀委員の愛お姉さんだ!僕いま、悪い大人に追われてるんです!おねがいです僕を助けて」
「えええ、それは大変!こっちおいで」
ツナと会う前か後か分からないが、とりあえずこの子をこのままにしておくわけには行かない、と白々しく演技してフゥ太の手を取る。
校舎内の方が安全なのは確かだが、どこに避難させるべきか考えを巡らせた。
やはり応接室に連れて行こうかと急ぎ足で歩き始める。
「君、お名前は?」
「ランキングフゥ太です!愛お姉さんは、斉藤愛さんだよね!勝手に愛お姉さんって呼ばせてもらってるよ」
ニコニコとこちらを見つめるフゥ太に癒される。本当に子犬みたいな愛らしさだ。
「私の名前、よく知ってるね」
「僕ね、色んな人のランキングを作れるんだ!愛お姉さんは、並盛中のケンカの強さランキング女子部門で急上昇中だから、大注目してるんだよ」
知らぬ間に随分と物騒なランキングにランクインしてしまったようだと思わず苦笑いする。
「そ、そうなんだ…」
「あとね、並盛中のお似合いのカップルランキング堂々の一位!」
「え」
色々と衝撃の事実を聞かされた所で、応接室のある階に辿り着く。
恭弥にダメ元でかくまってもらうようお願いしてみようと歩みを進めようとしたその時、どこからともなく黒いローブを被った亡霊のようなものが大量に湧いて出てきた。
「わあ!?お化け!?」
フゥ太が私の足元にしがみ付く。
「な…!?」
咄嗟に身構えるも、こちらに危害を加える気配はなく、ただ行手を阻もうとしているようだった。
その姿形に、見覚えがあることに気付く。
「これ、フィーラー…?」
運命の番人。
運命の流れを変えようとするものの前に現れ、行動を修正するもの。
でも某RPGの謎めいた存在がどうしてここに、と疑問に思うが、思い当たるのはフゥ太の存在だ。
彼をいま応接室に連れて行くと、きっとこの先の運命が変わってしまう。
本来であれば恭弥はまだこの子の存在を知らないはずだし、フゥ太はツナに保護されるはずなのだ。
何故この世界にフィーラーらしきものがいるのかは謎のままだが、少なくともこのタイミングでの出現理由はそう考えれば辻褄があるように思えた。
考えなくてはならないことが増えた、と小さく舌打ちすると、フゥ太の手を引いて来た道を引き返す。
やつらは、それを阻むことはしなかった。やはり応接室に行くことが問題のようだ。
授業で使われていない音楽室に駆け込む。
「愛お姉さん、さっきのお化け…?」
「うーん、私の行動が気に食わなかったみたい。もう大丈夫だからね」
恐る恐る聞いてきたフゥ太に、笑いながら誤魔化す。
スーツの3人組が侵入、と風紀委員に知らせようかとも思ったが、先程のことを考えると辞めておいた方が賢明だろう。
相手はマフィアだし、あくまでも一般人である風紀委員にもしものことがあってはならない。
恭弥にバレたら怒られるかな、と内心ドギマギする。
「フゥ太くん、行くあてはあるのかな?」
「うん!ツナ兄のところでかくまってもらおうと思ってるんだ」
さっき会えたんだよ、とはにかむ彼を見て、そうかツナにはもう遭遇済みか、と少し安堵する。
ならばこの後どうすべきは明確だ。
「そっか、沢田のところなら安心だね。よし、じゃあ私が沢田の家まで送ってあげる!」
「ほんとに!?わーい、愛姉ありがとう!」
呼び方が親しげになったことを嬉しく思いつつ、気合を入れてフゥ太を抱え上げる。
さすがに結構重い。
エアトレックで沢田の家まで逃げ切れれば、あとはリボーンが何とかしてくれるだろう。
ぐ、と力を入れて!窓から外に駆け出た。
「わわ、愛姉すごい!!」
中々に緊張を強いられる状況だが、フゥ太が楽しそうなのがせめてもの救いだった。
幸いなことに中途半端な時間だからか人通りは少なく、人目に気をつけながら屋根や裏道伝いで無事に家の前まで辿り着く。
インターホンを鳴らすか迷うが、奈々さんにこの状況をうまく説明できるとも思えず、気は乗らないが非常識にまた二階の窓からアプローチすることにした。
コンコン、と窓を叩くと、予想通り部屋にいたリボーンが顔を出す。
「珍しい客だな」
「こんにちは赤ん坊」
「チャオ、斉藤。抱えてるのは、ランキングフゥ太だな?」
「ご名答です」
話が早くて助かる、と事のあらましを伝えると、リボーンがニヤリと笑った。
「面白そーじゃねぇか。いいぞ、ツナが帰ってくるまで部屋で待ってろ」
「ありがとう」
無事に許可が下りたので、フゥ太と窓からツナの部屋にお邪魔する。
忘れずに、見回り中にトラブル発生で戻りが遅くなることを恭弥に連絡した。
「愛姉、さっき壁や屋根をビューンて、凄かったんだよ!」
無邪気に話すフゥ太をリボーンと2人相手にしていれば、気付いた頃には夕方。
リボーンは情報収集と称して顔中に幼虫を這わせている。
正直気持ち悪いのでスルーして、フゥ太とランキングや塗り絵をしながら部屋の主を待っていると、ドタドタと物音がしてツナが帰宅。
お決まりの子分達(幼虫)について一悶着あった後、リボーンが本題を切り出す。
「そんなことより客が来てるぞ」
「客?」
振り向いたツナと目が合う。
「おかえりツナ兄」
「お邪魔してます沢田」
にっこり笑うフゥ太と、よっと手を挙げる私。
「あ゛ーーーっ、君は体育の時の!!っていうかなんで斉藤が俺の部屋にいるのーーー!?」
「面白そーだからオレがあげたんだぞ」
ギョッとした沢田に、フゥ太が状況を説明していく。
マフィアに追われてるからかくまって欲しいとゴリ押しからの、必殺かよわい小動物の上目遣いにより、
頼まれたら断れないランキング1位の沢田は結局フゥ太のお願いを聞き入れる。
「わ……わかったよ…」
「わーい!わーい!」
とび跳ねて喜ぶフゥ太を見て、ここまで来れば大丈夫だろうと安心した。
窓の外をチラリと見たが、まだ追っ手は来ていないようだ。
恭弥に今日の出来事を相談したいし、ここら辺で私は退散しよう、と窓に足をかけて彼らに声をかける。
「じゃ、沢田、後はよろしく」
「愛姉ありがとう!」
「あっ!待って斉藤!フゥ太をここまで送ってくれたんだよな?」
またね、とフゥ太に返したところで、ツナが私を引き止めてきたのが意外だった。
てっきり彼の中で私はなるべく関わりたくない対象だと思っていたのだが。
「?うん、そうだけど」
「えーっと、ありがとう?オレがお礼言うのも何か変かもしれないけどさ…」
頭を掻きながら困ったように笑うツナに一瞬面食らった。
なるほど、これが大空パワーなのかと納得。
「こちらこそ。フゥ太を任せた」
お礼にこないだの校舎破損は見逃してあげる、と笑って窓から飛び降りた。
バレてたーーー!という悲痛な声を背に、沢田家を後にする。
今どこ、と恭弥にメッセージを送ると、応接室、と一言帰ってきた。
まだ仕事してたのかあの人は、と急ぎ学校に戻る。
「ただいま恭弥」
「おかえり。何があったの」
彼はちょうどデスクで帰る準備をしていたようだ。
仕事山積みじゃなくてよかった。
今日の出来事を報告するとすれば、
「敷地内に部外者3名侵入、追われてた男の子を保護。後始末は(ツナがするから)問題なし、って感じかな」
「…何か変な含みがあった気がするんだけど。どうせ赤ん坊絡みでしょ」
ちょっとムッとした彼の推理を笑いながら肯定する。
「言ってくれれば僕が始末したのに」
ソファにどさりと腰掛けた恭弥の横に私も座る。
うーん、問題はそこなんだよな。
「恭弥の所に行こうとしたんだけど…邪魔が入った」
どういうこと、と目で先を促され、先ほど見たフィーラーの話をした。
私の推測が合っているとするならば、今後の私の行動は大きく制限されることになる。
その事実に背筋が寒くなって、隣に座る恭弥の腕を取って、ぎゅ、と抱きつく。
恭弥が、空いている方の手で私の髪を撫でてくれた。
「ここまで訳の分からないことに巻き込まれるといっそ不憫だね。愛って不幸体質なの?」
こちらに向き合うように座り直した彼は、髪を撫でたついでに耳にかけ、こちらを覗き込むと、
「その死に損ないは僕が咬み殺してあげる」
かぷり、と私の下唇を咬んだ。
そのまま食べるように何回か口づけをすると離れていく。
彼の少し伸びて目にかかった前髪の隙間から流し見されて、うっかり深刻な悩みを忘れて惚れ直す。
フィーラーも確か、倒せない存在ではなかったはずだ。
あるべき運命を変えるために無理やり倒すと、その先どうなるか全く分からなくなる、というだけで。
死ぬ気で運命に抗おうと私が思うのは、この人に何かが降りかかりそうになった時。
その時はきっと、何の躊躇もなくあの亡霊に立ち向かうことを選ぶだろう。
簡単なことだった、と彼の首筋に鼻を埋めた。
運命なんてくだらないと君が言う
Don't get lost in the memories
Keep your eyes on a new prize
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