TL:83 | ナノ
「というわけで、彼は平和島静雄君」
「何がというわけなんだよ」


 つーか、誰だこいつ?
 そう怪訝そうに眉を潜めているのは、私の数メートル先でコンクリートの地面に腰を下ろしている高校生バージョンの平和島さんだった。

 新羅さんと同じ来良の制服を着た、平和島さんだった。
 
 四限目の終わりに新羅さんから「屋上で一緒に食べない?」と誘われ、屋上の扉を引いて真っ先に飛び込んできた景色がこれだ。一瞬何を見間違えたのかと思った。
 けれど、その人は見れば見るほど平和島さんで、ああやっぱり顔つきが若干幼いなとか思った通り制服がよく似合ってるなとかやっぱりサングラスはかけていないんだなとか、
 要するに、感動していた。気持ち悪いとか言わないでほしい。だって、平和島さん本気で格好良いんだから。

 ……私はどこのファンクラブメンバー?


「野崎さん、大丈夫?」


 そうしてぼんやりとその場に突っ立ていると、急に現実へ引き戻すように声をかけられたので、


「だ、大丈夫です」


 右手を左右に振りながらそう答えた。明らかに挙動不審だ。
 それなのに何故か新羅さんはにこにこと笑いながら手を招いている。この状態の私に平和島さんへ近づけと……?
 そこからなんとか不思議そうに首を傾げている平和島さんへ視線を向ければ、身体が軋むような音をたてた、ような気がした。
 服装と容姿のせいで初期対平和島さん用私が復活してしまったらしい。いや、ネーミングセンスをどうにかしろって話なんだけど。


「気分でも悪いのか?あいつ」
「多分緊張してるんだよ。君が恐いとかそういう意味じゃなくね」
「じゃあ、どういう意味だよ」
「本人に聞いてみたら?」


 そう言う新羅さんは妙に楽しそうだった。意味が分からない。
 完全に自己紹介をするタイミングも逃してしまったし、一体全体どうしたものだろうと内心焦っていると、平和島さんがコンビニ袋からメロンパンを取り出した。

 ……メロンパンなんだ。

 シェイクといい、甘党(乳製品好き)なところといい、食べ物関連の破壊力が常人と段違いなんですね、この時から。


「もしかして腹減ってんのか?」


 そう言ってメロンパンの切れはしを差しだす平和島さん。優しさからきていることかもしれないけれど、それは何か違う。


「餌付けじゃないんだからさ……」
「いや、腹減って気分悪いんじゃねーかと」
「違う違う。野崎さんは君のことかっこい、」
「新羅さんのクラスメイトの野崎ユウキです、お昼一緒に食べてもいいですか」
「……別に、構わねぇけどよ」


 少し押されぎみといった様子で頷いた平和島さんへ少し安心し、反対に新羅さんへは「どうしてそんなこと言うんですかっ」とエア会話に臨んだ。
 新羅さんはにこりと笑うだけだった。……折原さん並みに思考が読めない。

 なにはともあれ、腰を下ろそう。

 平和島さんの隣に座っている新羅さんのさらに隣へ移動し、コンビニの袋でも下に敷こうかと思ったときだった。


「ああ、ちょっと待って。野崎さん」


 新羅さんからそう言われたので、首を傾げながらもとりあえず静止。


「静雄君、その雑誌まだ読む?」
「いや、もう読み終わった」
「じゃあ、それ野崎さんにあげたら?僕たちはともかく、女の子を地べたに座らせるわけにはいかないしね」
「ああ、いえいえ。私ならコンビニ袋で十分ですから」


 ついさっきしていたのと同じように、右手を左右に振りながら持っていた袋を差しだすと、平和島さんがじいっと今取り出したそれを見つめていることに気づいた。
 そして何事かと硬直していたら――。


「俺も今日、そこで買った」


 平和島さんから意外な返答が返ってきたので面食らった。ええと、とりあえず朝に平和島さんと鉢合わせしなくってよかったー……と思えばいい?
 高校生平和島さんは大人平和島さん以上に掴みどころがない、というか天然らしい。うん、普通に困った。
 結局私はどうすればいいんだと曖昧な表情を浮かべていると、平和島さんが例の雑誌を差しだしていることに気がつく。


「やる」
「……いや、でも、それは」
「本人が言ってるんだし、貰っておきなよ」

 
 この二人組からそう言われてしまっては、頷く以外の選択肢はない。それに、ここまできて「いらない」と言う方が失礼だ。
 お礼を言って雑誌を受け取り、それを座布団のようにして腰を下ろす。妙な罪悪感は感じたけれど、これ以上気にしたって埒が明かない。
 そう深呼吸をして思考の正常化を図っていると、


「そう言えば、明後日は祝日だね」


 新羅さんが自然に会話を切りだした。


「二人は何か、予定ある?」
「ねぇな」
「ありません」


 会話終了。
 さすがに新羅さんも弱ったような顔をした。でも、ないものはない。『私』にはあったかもしれないけれど、私にそれは分からない。
 黙々とメロンパンを頬張っている平和島さんは、その話題に関して少しの興味も持っていないようだった。

 ……さすがに新羅さんへ罪悪感を感じてきたので、次はこちらから話題提供を試みよう。


「新羅さんは、何か予定あるんですか」
「もちろんあるよ」
「へえ、どこか行くんですか」
「いいや、家にずっといるのが僕の予定」


 そう言う新羅さんはとても幸せそうだった。まあ、こう言われることは予測済みだし、どうして幸せそうなのかも分かり切っている。
 なるほど、と特に意味も含めず頷いて、平和島さんへと視線を向けた。すると、今度は紙パックの牛乳を飲んでいるところだった。

 メロンパンと牛乳。

 とても爽やか且つ甘々な組み合わせ(私主観)と平和島さんというセットで、こうも和むのはなぜだろう。
 今朝買ったサンドイッチをパクつきながら、心地としてきらきらしたものを抱えていると、その平和島さんが思いついたように顔を上げた。


「それで、新羅。そいつと俺に何の用だ?」


 やや怪訝そうなその言葉に、私も思い出してウンウンと頷く。平和島さんに気を取られて肝心なことを忘れていたらしい。私はきっともう駄目だ、いろんな意味で。
 いっそ本当にファンクラブでも立ちあげてやろうかと思いかけたあたりで、新羅さんがどっちつかずな笑みを浮かべながら口を開いた。


「別に用って程のものじゃないよ。君とはクラスが分かれてからまともに話をしてなかったし、野崎さんは貴重な今のクラスの友達だからね。一緒に昼食でも、と思っただけさ」
「嘘つけ。つーか、お前に女の連れがいるって時点でおかしいんだよ」
「心外だなあ。僕は君と違って安穏とした……でもないか、君と臨也のせいで剣呑としているけど、それでも君よりずっと無害に見えるはずだよ。だから、女友達がいたって不思議じゃないよ」


 そもそも、どこをどう聞いて嘘だと判断したんだい?

 首を捻ってそう言う新羅さんに、平和島さんは分かりやすく眉間にしわを寄せた。
 ……これって危ない兆候じゃないだろうか。主に新羅さんが。
 
 
「何となく、今日のお前怪しいんだよ」
「……何となくで友達を疑わないで欲しいんだけど」
「でも、私と平和島さんを同時に呼ぶのは、変ですよ。お互いに知り合いでもないのに」


 さらっと出てきた言葉に対して、新羅さんは困ったような顔をした。大分核心衝いたんだろうか。


「やっぱり、君達二人は簡単に誤魔化せないな……わかった、白状しよう。白状するから最後まで聞いてくれよ、特に静雄君」
「そりゃどういう意味だ?」
「そういう意――ごめん何でもない。本当に何でもないって!……そうだな、結論から言うと野崎さんのためかな」


 思わぬ結論とやらに、思わず自分に人差し指を向けて、


「私、ですか」


 そう確認を取ると、新羅さんはあっさりと頷いた。


「そう。さっきは女友達がいても不思議じゃないなんて言ったけど、小中学校の経験からは悲しいことにそんな結論は出せないんだよね。だから、野崎さんと今の関係を続けられているのが僕自身不思議で堪らない。でも、そんな“友達”の野崎さんが臨也に目を付けられてしまった。――ああ、静雄君は知らないんだっけ。今朝、臨也とちょっとあったんだよ。そこで僕は考えついたんだ、臨也が毛嫌いしている静雄君と仲良くなれば、あいつも寄りつかなくなるんじゃないかってね」


 そう言って妙に得意げな顔をした新羅さんだが、とても失礼な物言いをすると、平和島さんがまるで殺虫剤の役割をしているかのように聞こえた。
 いや、そんなことはどうでもいいのだが、なるほど平和島さんと仲良くすればね――って。


「それは逆に興味をもたれるパターンにも聞こえます」
「そうだね。僕も丁度今そう思った」


 それ駄目じゃないですか。

 別に折原さんと話したくないわけではないのだけれど、気が引けるのは確かだった。
 だから、今朝のような、どう見ても不穏な関係が始まりそうな接触は避けたい。普通のクラスメイトとして、自然な会話から始めたい。
 そのためには、折原さん好みの興味深い対象になってはいけないのだ。
  
 でも、平和島さんとは仲良くしたいわけで……うわ、どうしよう。

 そう心の中で頭を抱えていると、


「なら、俺とは関わらねぇ方がいいってことだな」


 メロンパンの袋をくしゃりと握り、平和島さんがぽつりと呟いた。

 ので、


「関わらない方が良いなんてことありません」


 思わず即座に否定してしまった。
 すぐに正気に戻り、そのご本人の様子を恐々伺えば、少し驚いたような顔をしていた。やってしまったな私!


「いや、だから、せっかく共通の知り合いがいるわけですし、一期一会を大切にするっていう、何か、その、あるじゃないですか、昔偉い人が言ってたみたい、な」


 喋れば喋る程、ドツボにはまって行くのが自分でもよく分かった。だって、数年後に親しくしてもらっているから、ここでもそうして欲しいだなんて言えるわけがない。 
 そもそも、結局ここは夢なのか本気でタイムトリップをしたのかパラレルワールドにでも来ているのかどっちなんだよっ。
 とうとう関係のないものにまで八つ当たりを始めた私に対し、
 
 
「野崎さんは君と仲良くなりたいんだって」
「新羅さんっ」


 間違いではないけれど、というより大正解だけど何も本人の前で言わなくったってっ……。
 うわこれどうやって収集を付ければいいの!?と、一人で混乱している中、どこかぼんやりとした声が聞こえた。 


「そいつみたいに、とばっちり喰らうだけだぞ」


 と。とても当たり前のことを言う調子で、平和島さんはそう言った。それはどことなく、諦めているような口調。
 

「同じ学年なら、俺が毎日どうしてるか知ってんだろ。知り合いだからって抑えられるもんでもねーし、あの野郎がどうっつーよりも前に関わらねぇ方が、」
「大丈夫ですよ」


 何の躊躇いもなく出た言葉に、私自身は何の疑問も抱かなかった。
 だって、数年後の平和島さんに関わって、後悔したことなんか一度もないのだから。
 根拠不明ではあるけれど、同じ平和島さんと関わって私が後悔するなんてことはない。むしろ、関わらないことに後悔してしまう。
 その他大勢との乱闘に出くわしてしまっても、私はさっさと逃げるだけだ。
 

「逃げ足だけは速いので、危なくなったら逃げられます。だから、平和島さんも気にしないでください。あと話しかけさせてください」


 私の回避率は、自分で言うのもなんだけれど、結構高い。
 ちゃっかり自分の願望も付け加えて頬を緩ませると、平和島さんはしばらく私の顔を凝視した後。


「静雄でいい」


 そう言って、ふっと視線を逸らせた。

 ……今とんでもないことを聞いたような気がする。
 実感も持てないまま固まっていると、その人は付け足すように口を開いた。


「平和島さんなんて呼ばれたことねぇから、自分のことに聞こえねぇんだよ。だから、静雄でいい」 


 そう言い切ったが最後、平和島さんはさっさと屋上から出て行ってしまった。
 

「あっちも、仲良くしたいそうだよ」


 よかったね、とでもいいたげな口調の新羅さんの言葉が頭の中で渦巻き、そこに名前呼びを許可されたという事実を加えれば、簡単に頭の芯が茹であがった。
 初対面なのに、あんな分かったようなことを言って何してるんだよ私っというかどれだけ仲良くなりたいんだ、もう必死なのがまるわかりじゃないかっ。
 でも今後も親しくはしてもらえそうで、良かったと言えば、良かったんだけど……。


「し……」
「し?」
「静雄、さんとか、何か無理ですってッ……」


 当面の課題は、自然に名前を呼べるようになることだと思った。


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