TL:83 | ナノ
「覚めなーい……」


 一般的に人が見る夢の回数と同じ程度のそれを見ている(はずの)私だが、ここまで夢だと自覚しておきながら少しも覚める気配のないものを見たのは初めてだった。
 おまけに意識もやけにはっきりとしているし、ものに触ったり、食べたり、飲んだりするときの感覚も妙にリアル……これって実は夢じゃないんじゃ――。
 そんな考えを振り払うように首を振ると、後ろの座席から席を立つような音が聞こえた。


「それじゃ、また明日」


 振り返った私にそう言った新羅さんは、心底嬉しそうに片手を上げて今にも帰ろうとしていた。
 ああ、帰ればセルティさんがいるから……なるほど。相変わらずだなぁと思いながら手を振りかけて、あることを思いだした。


「ちょっと、新羅さん!」
「新羅、さん?」
「し、新羅、くん」

 
 呼び方を間違えたこと、そして新羅さんをくん付けするという違和感ありまくりな状況に顔をひきつらせながらも、再度口を開く。


「きょ、今日、一緒に帰りま……帰ろう」
「別に構わないけど、部活はいいの?」
「え」


 部活?
 部活ってなに、私入ってたの?
 これはさらにややこしいことになってしまった……と、そう思わず頭を抱えそうになった時だった。


「あ、ごめん。一週間前にやめたんだっけ?陸上部」
「う、うん」


 申し訳なさそうな新羅さんへ、さも最初から知ってましたよという雰囲気装いながら話を合わせた(不自然だった気がしないでもないけれど)。
 確かに私は中学生のときに陸上部へ所属していたのだし、高校でもそれを続けていたっておかしくない。
 私が本来高校生だったときにそうしなかったのは、皆よりも初登校が遅れてしまったこと、そしてバイト重視の生活を送ることになったという理由がある。
 そうか……来良に通っているということは、入学式の前日に事故に遭っていないのかも――。

 そこまで考えた時点で、ハッとした。


「……事故に、遭ってない」 
 
 
 ということは、私の両親も、生きている?
 ふっと浮かんだそんな可能性に、頭の中が一瞬真っ白になった。
 私は高校の入学式前日に事故に遭い、両親を亡くしている。だから、本来なら何があっても二人に会うことはできない。

 けれど、ここにはいるかもしれない。

 そう考えながら呆然としている私の前で、新羅さんがひらひらと手を振った。
 

「今日のきみ、本当におかしいよ?大丈夫?」
「……え……あ、いや、頭の調子が、悪いだけです」  


 ほとんど上の空で返事をすると、新羅さんは英語の授業とは打って変わり「そう?」と疑わしげに首を捻った。



 ×××



「別に家まで送ることは構わないけど、どうして僕が先導してるんだい?」
「私の足が……今日は気分が悪くて遅いといいますか」
「ふうん。それと、何でいまさら敬語?初対面からため口だったよね」
「それは、今流行りの……キャラチェン?」


 新羅さんの隣を歩きながら曖昧にそう答えると、その人は首をかしげて「キャラチェンって流行ってたっけ?」と呟いた。
 もちろんそんなもの流行ってませんよ。そう心の中では思っていたのだけれど、もちろん自白などするわけもなく、


「敬語、さん付けキャラに、その、転向することにしましたっ」


 口から出まかせにそう言った。
 新羅さんはなかなか鋭い人だったように思うし、変にぼろだして怪しまれるよりは開き直ってしまった方がまだマシかもしれない。
 いやなにもマシではないかもしれないけれど。

 それにしたってやっぱり、新羅さんを「くん」付けするというのは恐れ多いのだ。


「へえ……?まあ、野崎さんらしいと言えば、らしいかな」


 苦笑いでそんなことを言われてしまった。一体ここでの私はどんなキャラなんだ。
 高校時代があまりにインパクト大(よりもさらに上を行くレベル)だったので忘れていたけれど、中学の時の私ってそういえば自分で言うのも何だけど変な奴だったかもしれない。
 つまり、陸上を高校でも続けていたのと同じように、性格まで中学生のを引き継いでしまったということか。

 夢の中だろうと現実だろうと成長が遅いなぁだなんてよくわからない結論に至ったところで、新羅さんが「そういえば」と言った。


「今日の英語の授業で飛び上がってたけど、臨也に何かされた?」


 咽そうになった。
 一応そのことについては昼休みにも女の子達から言及されているので、回避方法は心得ているけれど。


「丁度昼食を忘れたってこと、思い出しただけですよ」


 まあ、そう言ってしまったせいで、昼休みにお弁当を食べられなかったのだけれど。
 その代わりに五限目の後、鞄に入っていた弁当を無人の教室で食べているので問題はない。
 ただ、昼食を忘れたという私にお昼を少し分けてくれた子達には、申し訳ないことをしてしまったと思う。


「そう、それならいいんだけどね。君って臨也のことをかなり嫌ってるみたいだから、逆に興味を持たれて何かされたのかと思った」
「……いやいや」


 見覚えのある朗らかな笑みを浮かべた新羅さんに対し、私は小さく首を振った。
 そうなのだ。昼休みに例の女の子達からも聞いたことなのだが、ここでの『私』はかなり折原さんを嫌っているらしい。
 確かに、あんなきっかけさえなければ私は折原さんと関わり合うこともなく、また関わりたいと思うこともなかっただろう。
 だって、あの人見るからに怪しいし、怖いし、良い噂なんて絶対に聞かないだろうし。
 そう考えれば、『私』が折原さんを嫌っている(感覚的には苦手としている、という方が正しいようだが)というのは当たり前のことかもしれない。
  
 
「まあ、あいつは人に嫌われるのが本分と言っても過言じゃないからね。近づこうとしない野崎さんは賢明だ」
「前から思ってたんですけど、新羅さんって折原さんのこと好きじゃないんですか」
「それはもちろん、好きじゃないよ。中学からの付き合いだから、普通に友達だとは思ってるけどね。ただ、僕は好きという言葉を無闇やたらと使いたくないんだ」


 もっとも、あいつの性格が相当捻くれてるからっていうのもあるけど。
 そう言う新羅さんの「好き」が誰に対してとってあるものなのかは、考えるまでもなかった。
  

「というより、臨也のことを『折原さん』なんて呼んでる人、同級生で初めて見たなあ。それもキャラチェン?」
「その通りです」


 いえ、本当は通常運転です。 
 同級生の男子をさん付けしてる女子もどうかとは思うけれど……折原さんをくん付け?ありえないありえない。恐れ多いどころの話じゃない。
 それなら臨也さんと呼んだ方がいい。

 
「別に人の呼び方に指図するわけじゃないけど、このまま臨也と関わりたくないなら、その呼び方はやめておいた方がいいね。変に目立って、興味を持たれるのがオチだよ」
「……考えておきます」
「臨也と言えば、あいつが今日も静雄と揉め事を起こしたっていう話聞いた?どうせ自分は飛び火がかからないように、うまく立ち回ってるんだろうけど」


 あまりにも普段の折原さんそのままな情報だったので、かえって「静雄」という言葉のみに頭が反応した。
 ああ、そうか。折原さんと新羅さんがいるなら、当然平和島さんもいるということになる。
 高校生時代の平和島さん――普通にもの凄く見たい。いや日本語がおかしすぎるけど。何と言うか、見たい。
 
 
「格好良いんだろうな……」
「臨也が?」
「いえ、平和島さんが」


 自分でも驚くぐらいの早さで返答してしまった。
 ……いや、折原さんも格好良いよ、十分過ぎるぐらい。でも、即答してしまった辺り、信用してもらえないような気がする。

 それにしたって、平和島さんはスタイルが良いから制服も似合うに違いない。 
 そう勝手に想像という名の妄想を繰り広げていると、新羅さんが不思議そうな顔をしていることに気がついた。


「……あの、私って普段平和島さんの話とかって、してますか」
「それをどうして僕に聞くの?……しないこともないけど、いつも恐いとしか言ってなかったよね」


 ああ、だからそんな不思議そうな顔をしているのか。
 ……私はもう少し言動を慎むべきかもしれない、夢にそこまで気を張る必要もないだろうけれど。 
 
 
「確かに恐いといえば恐いかもしれませんけど、今日廊下で見かけたときは格好良かったかもしれないなって……その、光とか何かそういう関係で」
「うーん。まあ、君が静雄を恐がるようになったのは、一週間前に臨也のとばっちりを喰らって、静雄の投げたカラーコーンが真横を掠めたからだしね。第一印象が悪かっただけかもしれないな」


 でも、静雄は気付いてもいないのに……よく許す気になったね。 

 人の良さそうな笑みを浮かべている新羅さんの言葉へ、そんなことがあったのかと驚いた。まあ、それは恐いという感情を抱いても仕方がない……本当は優しい人なんだけれど。
 それにしてもカラーコーンを投げられるような状況って、折原さんはまた何をしたんだ。

 なんだかんだ言いながらも和気あいあいとした時間を過ごし、いつの間にやら私が住んでいるというアパート前までやってきていた。
 特にこれといった特徴もない、二階建ての地味なアパートだ。
 思わず息をのんでそれを見上げると、あのどこかの窓から両親の姿が見えるんじゃないか、どこかの扉から出てくるんじゃないかと、急に気が落ち着かなくなってしまった。
 新羅さんから平和島さんの小学生の時の話(あれから平和島さんトークが続いたのでその流れ)を聞いたときはあんなに心穏やかだったのに。

 
「それじゃ、また明日」
「あ、はい」


 笑顔で手を上げながら、新羅さんは足早に去って行った。……そんなにセルティさんに会いたい――に決まってるか。
 視線をアパートへ向け直し、私は期待に胸を膨らませてその敷地内へと入って行った。



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