新羅さんと平和島さんに事を暴露して一時的にほっとしたのも束の間。
すぐに鳴ってしまった始業ベルは、爆弾を落としてしまった自分の教室へと戻るよう、私に促してきた。
おまけに折原くんが前の席だと言うことを思い出してしまったり、新羅さんとは離れてしまう、平和島さんに至ってはクラスも違うしで早くも山場の到来を感じる。
そんなものは、感じたくなかったなー……。
なんて項垂れていても、これから一切教室に出入りしないだなんて不可能だ。なにかうまい言い訳を、教室へたどり着く前に考えなければいけない。
そう私は平和島さんと分かれて新羅さんと廊下を歩いている最中、ずっと頭の中で考えていた。
「そういえば、泣いていた直接的な原因を聞いていないよね」
「……え」
担任教師の声が洩れている扉の前、引き戸に手をかけようとしたところで新羅さんが唐突にそう言った。
急がなければ出欠点呼が始まってしまうというのに、どうしてこんなタイミングで言ったのだろう。
私のそんな考えが表情に表れていたのか、新羅さんは苦笑を浮かべて「まあその、うん」と呟いてから、人差し指を天井へ向けた。
「正直に話すと、このタイミングでユウキちゃ……じゃなくてユウキさんと一緒に教室に入るのは、そういう誤解を招きかねないからさ」
時間稼ぎってやつだよ。
言葉通り正直にそう言った新羅さんに、私は「それはそうかもしれませんが」と曖昧な返事をする。
新羅さんって、そういうことを気にする人だっただろうか。高校生という年頃を考えても、セルティさんの前でなければ恋愛のれの字も見えないものだと思っていたのに。
そんなことをセルティさんという固有名詞は出さずに話してみると、新羅さんはどこか影のある笑顔を浮かべた。
「いや……実は僕、好きな人がいるんだけどね。その人の耳にこのことがねじ曲がって伝われば『そうかそうか、おめでとう新羅。やっとお前もまともな恋愛感情に目覚めたんだな』なんて応援されそうで……そ
んなことになったら僕はもう……」
そしてこのことを確実に捻じ曲げて伝えそうなやつが、このクラスにいるものだからね……。
そう付け加えて溜息をついた新羅さんに、あらゆる事物を台無しにする人の顔をちらつかせながら「それなら、一緒に入るわけにはいきませんね」とすぐさま頷いた。
なるほど、セルティさんと両想いでない頃の新羅さんはこんな感じだったのか。でも頑張ってください。頑張ればそれは実る恋ですから。
心の中で新羅さんファイトっと応援していると、新羅さんが「そうだっ」と言って唐突に真剣な表情で顔を近づけてきた。
「な、なんでしょう……」
さすがに驚いて後ずさりをすると、新羅さんは真面目な表情で口を開いた。
「ユウキ……さんって」
「あの、もうそれ、ちゃん付けで構いませんから」
「そう?」
ついさっきも感じたことを口にすると、新羅さんは一瞬表情を緩めて「じゃあ、遠慮なく」と言った後、すぐに元の表情に戻っていった。
「ユウキちゃんって、別世界とはいえ僕や平和島くんのいる未来から来たんだよね」
「そう、ですね」
「僕はそこで、誰かと付き合っていたり結婚していたりしなかった?」
きたよ、いつかくると思ってたよ。
そう内心予測していた質問に、私はあらかじめ用意していた答えを口にした。
「それは、言わないのが暗黙の了解なのではないかと……」
私がその答えを言ってしまったばっかりに、うまくいきかけていた未来を潰すというのはあまりにあんまりだ。
そう考えて言った言葉に、新羅さんは納得いかなさそうな表情を浮かべながらも「まあ、確かにSF映画なんかでありがちなお約束だね」と頷いた。
「別世界かもしれないなら、ユウキちゃんの知ってる未来にはならない可能性もある。――うん、僕は自分で未来を切り開くことにするよ」
なんとなくカッコいい台詞を言った後、「諦めないからねセルティ」と新羅さんが呟いたのを私は辛うじて聞いてしまった。
……愛されてるなぁ、セルティさん。なぜか聞かなかった方が良かったかもしれないと、思ってしまったけれど。
そんなことをしている間に出席点呼が終わってしまい、ようやくこちら側へ戻ってきた新羅さんが「それで」と思い出したように言った。
「どうして泣いていたんだい?あのとき鞄はもってなかったし、教室でなにかあったのかい?」
小さく首を傾げている新羅さんに、私はなんと答えようか心の中で首を捻る。
自分の知っている折原さんと重ねてしまってホームシックみたいなものになってしまったようですとか、そんなことを正直に言っても……いや、普通に恥ずかしい。
そのうえ折原さんと割と特殊な関係だったことがばれかねない。あんな関係をどうやって説明すればいいのかも、見当がつけられないし……。
私がそうして言葉選びに悩んでいると、新羅さんがあっけらかんとこういった。
「臨也がなにかしてきたとか?」
なんて察しがいいんだ新羅さんは。
思わずギシリと身体を固めると、「図星だね」と言いながら新羅さんはよく見る呆れたような表情を浮かべた。
「まったく、あいつも何考えてるんだか……。一体なんて言われたんだい?僕でよければ抗議に行くよ」
そう言ってもらえるのはとても嬉しいのだけれど、折原くんの言葉自体は直接的な原因ではない。
しかし、もう折原くん関係でないとは誤魔化せなさそうだ。私は記憶を辿って、彼に言われた言葉を口にした。
「そんなにきみも俺が嫌いなのかって、そんなことをにこやかに言われました」
「きみ『も』?」
妙な部分を強調して、新羅さんは眉を潜めた。
「その言葉の前にどんな話をしてたんだい?」
「ええと……」
新羅さんはなにを怪訝に思ったのだろうと思いつつ、本来の『私』を真似て、あいさつをしにきた折原くんを冷たくあしらったという内容を話した。
するとその人は「そう」と頷いて、しばらく考えるような間を置く。
「……いや、さすがにないか。今の質問はとりあえず忘れても大丈夫だよ」
「その言葉、なぜかとても不安になるんですけど……」
『とりあえず』という言葉が特に。
私がそう言葉を返すと、新羅さんは「外したときが格好悪いからね」とつかみどころのない笑みを浮かべて。
「でも、意識しないと冷たく相手ができないだなんて、臨也にしては随分珍しい間柄だったんだね」
と、どこまでも図星なことを言った。
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