TL:83 | ナノ

 折原さんとケーキを食べたり、平和島さん兄弟に遭遇したり、盗撮写真を郵便受けに投げ入れられたりした――その翌日。
 今日はこれと言ってやることもない、そんな土曜日。昼食メンバーの子達もそれぞれ部活に行っているらしいので、親しい女の子と遊ぶような予定もない。
 かといって、丸1日部屋に閉じこもっているのもどうかと思う。バイトもない、折原さんもいない、そんな休日をどう過ごせばいいのか……。
 ちなみに、折原さんが出てきた理由としては、あの人と行動を共にしていると自分の意志を介入させる隙がほぼないため、今日のような『何をしても良いよ』という状態と対になるからだ。
 
 まあ、とりあえず、街中に出てみよう。

 結局はそういう答えに辿り着き、適当な服を見繕って、壁に掛けてあったキャスケットを目深く被った。
 一応、昨日の写真が気になってはいるので、少しでも対策になればと思ったのだけれど……。
 さすがに盗撮被害に遭ったことはないため(ということにしよう、うん)、今ひとつ対処法が分からない。
 犯人を突き止めるにしても、証拠らしい証拠もないのだし。

 唯一の手がかりはと言えば、一昨日に折原さんが言っていた『部活関係は大丈夫?』というあの言葉ぐらいだろうか。


「……まさか」


 今までの経験上、首謀者は折原さんでしたなんてことが本当にありそうで怖い。
 それでもさすがに、正面切って聞くわけにもいかないので、結局今のところは様子を見るしかないだろう。

 はい、というわけで盗撮関係の話終わり。



「いってきます」




 ×××
 



 天気予報によれば今日は雲ひとつ無い快晴だとかで、事実外へ出てみると太陽を遮る物なんか何一つ無かった。というか、そのせいで抑えの効かなくなった日光が眩しいし暑い。
 4月下旬ですでにこの暑さ……。先が思いやられる、と移りゆく季節に複雑な物を感じて、私は池袋の街をマイペースに歩いていた。
 そしてやっぱり、私の知っている池袋とは違うことへすぐに気付いた。あるはずの店がなかったり、ないはずの店があったり、かと思えば少しも変わらないお店があったり。
 厳密に言えばタイムトリップをしたというわけではないのだけれど、それにしたってやっぱり不思議な感覚だ。

 そんな調子で数十分ほど池袋を彷徨い、あれいいなこれ可愛いなとフラフラ店を渡り歩く。
 が、こんなに天気のいい日に、ただ店を彷徨い歩くというのも勿体ない。

 ――というわけで。


「一人公園散策ー」


 わー、と小声で呟き、到着した公園内をぐるりと見渡した。若干空虚感が否めない。
 公園は休日ということもあって、家族連れや小中学生の友達連れが目立っていた。そして、そこに少しずつカップルが紛れて込んでいるという状態。
 こういう光景を見ていると、たまにはこういうところでみんなとご飯を食べるのも、いいかもしれないと思った。
 みんな、の具体的な名前がサッと思い浮かばない辺り、ちょっと悲しいけれど。『私』の友好関係でいくなら、例の女の子達か新羅さんと平和島さん辺りだろうか……。

 まあ、誰と来ても楽しそう。

 そんな安直な答えに辿り着いた後、帽子を被り直そうとつばを押し上げた時だった。
 何の前触れもなく吹き出した風に煽られて、被りが浅くなっていた帽子が、私の頭から離れていった。
 正面からの突風により目を瞑ってしまったので、すぐに手を伸ばすことが出来ず、しばらくしてから目を擦りつつ振り返ってみる、と……。


「……うわあ」


 背後にあった噴水の水が溜まっている場所に、私のキャスケットは着水していた。
 がっかりしながら噴水に駆け寄ると、これがまた届くかどうか微妙な場所でゆらゆらと浮かんでいる。
 でも、縁の部分に手をついて、もう片方の腕を帽子の方に伸ばせば、ギリギリ届くかも知れない。
 ぐずぐず悩んでいても仕方がないので、さっそく考えたことを実行に移した。


「……っ、……ぐっ」


 震えだしてきた腕で必死に体重を支えながら必死で腕を伸ばすと、帽子が指先に触れた。
 あともう少しだ。そう考えて、一瞬気を緩めてしまったのが悪かったんだろう。
 帽子が指先に触れた数秒後、縁についていた手が滑り、バシャンという水しぶきと共に私は噴水へと突っ込んだ。

 決して綺麗とは言えない水が気管に入って、咳き込みながら慌てて顔を上げる。
 当然髪も上着も水浸しになってしまい、何やってるんだろうという恥ずかしさと空しさに襲われた。
 加えてふと噴水の方を見てみると、帽子はさらに奥の方へと行ってしまっていた。悲しいというか、いっそ泣きたい。 
 ここまできてしまったなら、もう噴水の中に入ってとってやろうかと半ば自棄になりかけていたとき、


「……大丈夫、じゃないな」 


 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには何とも言えない顔をした門田さんが立っていた。
 ……知り合いに見られた。やばい、心折れそう。 
 まだ止まりきっていない咳を繰り返しながら、別に水遊びをしていたとかそんなわけではないことを説明しようとすると、門田さんは少しバツの悪そうな顔で「あー……、いや」と言った。


「何か取ろうとしてるのは、ちょっとばかし前から見てたんだ」



 ♀♂



 門田が初めて野崎ユウキを彼女単体として認識したのは、高校二年の始業式から数日経った放課後だった。
 それは借りていた本を返そうと図書室に向かっていた時のことであり、図書室は人通りの少ない棟にあったため、
 その出来事を見ていたのは、門田と野崎ユウキ、そしてとある男子生徒だけだろう。
 門田はあくまで図書室に行く最中に巻き込まれたようなものなので、その出来事に関して後々因縁をつけられるようなことはなかったが、それでも珍しい出来事には違いなかった。

「何というか、別に先輩は悪くない。うん。悪いのは私の人を見る目なんで、この付き合いに限っては全面私に責任があるわけですよ。本当にもう、私の目が節穴だったばっかりに……」

 図書室の真ん前で行われていた修羅場に対し、
 門田はただ毅然とした態度で捲し立てている女子と、信じられないというような顔で立ち尽くしている男子が立ち去るのを廊下の曲がり角で待っていることしかできなかった。
 それにしても大した言われようだと、門田が若干男子の方へ同情を寄せていると、
  
「それじゃ、もう一生話す機会もないと思います。さようなら」

 きっぱりとそう言い放ち、女子の方がこちらへ向かってくるのが見えた。
 これ以上身を隠す必要もないだろうとその女子とすれ違うようにしてまかり角を曲がったとき、門田は僅かに彼女がどんな表情をしていたかを見てしまった。
 それは無表情ともとれるものだったが、苛立たしげな歩調により明らかに憤慨していることが見て取れた。

 ――男の方が浮気したとか、そんなところか? 

 そんなことを思って女子の方から目を外すと、廊下の奥で例の男子がゆっくりとした歩調で歩いている後ろ姿が見える。
 本当にそうならば同情の余地はないが、さすがに堪えているんだろうということがよくわかった。


 ――と、そういう出来事があって、数日前にその女子と学年の廊下で直接接触した門田だったのだが、その彼女に何となく違和感を覚えた。
 具体的にどこがと言われると答えられはしないし、苛立っていたあの時と苦手な人と二人きりになりたくないからと言う理由で声をかけてきた今では状況が違うことも分かっている。
 それでも、妙だと感じた。双子の姉妹でもいるのかと思ってしまった程だった。
 だから、思わず彼女を呼び止めてこの間のことを確認しようとしたのだが、さすがに人の色恋に口出しをするのはどうだろうと思い直し、やめてしまったのだ。

 
 そして、祝日の翌日である土曜の午前。バイトも入れていなければ、連れとどこかへ行こうという気にもなれず、門田は本屋に向かおうとしていた。
 その途中に偶々立ち寄った公園で、噴水に向かって手を伸ばしている例の女子を見つけ、
 何をしているのだろうと様子を見ている間に、バランスを崩した彼女が噴水の中にダイブしたのを見てしまった。
 見てしまった以上、無視できないのが門田の質だ。


「……大丈夫、じゃないな」


 ケホケホと咳き込みながら水浸しの髪を触っている彼女にそう声をかけると、その本人はやや驚いたように目を瞬かせた。
 そしてすぐさま、帽子が落ちたから取ろうとしただけで、遊んでいた訳じゃないと言い始めたのだが、
 それぐらい誰でも分かるだろう普通、とそう思いつつ、相手がそれだけ気が動転しているんだろうという結論に落ち着いた。

 ――せめてもう少し早く、声をかけてやればよかったな……。

 そう考えるとバツが悪くなり、少し前から見ていたんだと言うことを言った、噴水の方へと目をやった。
 そこには大分中心に流されてしまっている帽子が浮かんでいる。


「あれを取ろうとしたんだよな」
「そう、ですけど……あ」


 別にいいです自分で、と慌てたように言いかけたのを無視して、門田は簡単に帽子を拾い上げた。
 三十センチとまではいかないまでも、それほど身長差があったということらしい。身長に合わせて胴や腕も長くなるのだから、取りやすくなるのは当然のことだ。


「これでいいか?」


 そう言ってとても被れる状態ではない帽子を手渡すと、その帽子の持ち主は戸惑い気味に「ありがとう、ございます」と呟いた。


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