Riolu | ナノ






卵はぱりぱりと軽い音を立てながらその形を崩していく。数秒だけ間を置くと、一際大きく割れる音が響くと共に、ひょっこりと頭上に卵の殻を乗せたポケモンが私とコウキくんを不思議そうに見つめながら顔を覗かせていた。

「お、おおー!」
「ふふ、やっぱり可愛いね」

コウキくんはそう呟きながら、今まで繋いでいたことさえ忘れるくらいに馴染んでいた手を解くと、頭の上に飾られていた殻を取り、それを静かに床に置いてじっと目の前のポケモンを見つめ始める。下半身は卵で隠れているポケモンは私とコウキくんを交互に見遣り、首を傾げた。愛くるしいとはこういう時に使うものなんだろう。


「コウキくん、この子殻から出してあげなくていいの?」
「殻は全て自分の力で割って、自分から出てこなきゃダメなんです。じゃないと自分一人では何も出来ない子になっちゃうから」
「成る程」


甘えん坊になってしまうんだろうな、多分。卵から自力で出てくることが生まれて初めて自分でやる行為なわけだし。そう自分なりに解釈しながらコウキくんと二人で一向に卵から出てくる気配のないポケモンを見つめた。…あ、そういえば。


「コウキくん、この子の名前は何て言うの?」
「あっごめんなさい。忘れてた…リオルって言うんです」
「リオル?」
「はい。波紋ポケモンのリオルです」
「ん?はもん?って──うおっ」


何ですかそれは。
そう言葉が続く前に女らしからぬ声を出しながら私は後ろにぶっ倒れた。「なまえさん!」とコウキくんの焦る声が室内に響き渡る。頭が床に思い切り強打したお陰で視界がぐわんぐわん揺れていて気持ち悪い。それに加えて心なしか腹部がずっしりと圧迫されて苦しい。


「大丈夫ですか?」
「間接的な頭突きを喰らった気がするよ…よいしょ、っと…何の所為でこうなったかは分かってたけど…ちょい、こら、離れなさい」


コウキくんの手を借りながら起き上がり、今後私と生活を共にするポケモン──リオルと間近で対面する。お腹を圧迫してくれちゃっている原因のリオルはその小さい腕二本をぎゅっと私の背中に回して張り付き、わりかし女の中でも力があると思っていた私が引きはがそうと力を篭めてもびくともしなかった。生まれたてと言えどそこはポケモン。力は人間に勝るようである。


「この様子を見ると親のなまえさんに呼んでもらいたかったみたいですね」
「名前を?」
「はい」


いかん、圧迫され過ぎてそろそろ痛くなってきた。このままいくと朝食に緊張からか食事を受け付けない胃の中に無理矢理かき込んだ卵かけご飯がリバースしそうな予感。私の顔を見て何か思ったのか、コウキくんはリオルを数秒間見据えてから、静かにベルトからモンスターボールを一つ取り外すとボタンを押してぱかりと開く。光と共に出てきたのはリオルが一回り大きくなって逞しくなったようなポケモンだった。


「ルカリオ、リオルを頼むよ」
「…もしかしてリオルが進化したポケモン?」
「はい。波導ポケモンのルカリオっていって、強いんですよ」
「へええー…かっこいいね」
「かっこいいだって、ルカリオ」


ルカリオは黙って首を振って否定すると、私に巻き付いたリオルをむんずと無造作に掴んで引きはがした。腹部の圧迫感はなくなり、礼を述べるとルカリオはぶんぶんと再び顔を横に振る。…ぶっきらぼうなんだろうか。

お腹をさすりながらリオルに目をやれば、ぶすっとした顔でルカリオの手から逃れようと意味のない抵抗を試みているようだった。ちょっと可哀相な気もするが、またあの力で抱き着かれても困るので見て見ぬふりを決め込むことにする。


「しつこいですけど大丈夫ですか?少し休んだ方がいいんじゃ…」
「大丈夫なんだけどね…いやぁ、ポケモンってすごいね」
「驚くのはまだ早いですよ。…とりあえず、リオルも生まれたことですし、その、申し訳ないんですけど…」
「えっ何?」
「お昼ご飯食べてもいいですか?食べる時間なくって…」


たったそれだけのことで恥ずかしそうにもじもじと話すコウキくんは先程までの「トレーナー」の顔をしていたコウキくんとは大違いで、何となく安心した気持ちになる。やっぱり温和なコウキくんでもポケモンのことになると大人顔負けの表情を浮かばせるのかと、少しだけ普段のギャップに戸惑いながら「お昼にしようか」と立ち上がった。