「なまえさん、なまえさんはポケモンとか…ゲットしたりしないんですか?」 コップにぽつぽつと浮かんでいる水滴を指でなぞりながらふと浮き出た疑問は、何の躊躇いもなく口から零れ落ちた。もしこれが彼女にとって地雷を踏む話で、重苦しい空気を漂わせることになったらどうしようなどと考えたのは口から発したその後だ。焦燥を決して顔にはださずに、僕の為に買ってきてくれたらしいケーキを箱から出してくれているなまえさんの顔にちらりと目を向ける。なまえさんは僕の好物であるケーキを、花柄で何の変哲もない皿に移していた途中であったが、彼女は僕の突然の質問にその動作を停止して僕を見ていた。ばっちり視線が交わったので少しだけ恥ずかしい気持ちが生まれ、それを悟られないように微かに体を動かし小さく息を吐いた。 「突然だね」 「…すいません…急に…こんなこと言っちゃって」 「いやいやいや。あぁ、ポケモンね…」 「言いたくないならいいんです。ごめんなさい。忘れて下さい」 「えっ、いや、全然!そういうんじゃなくてね」 目の前に置かれたケーキを見つめながらなまえさんが言葉を紡ぐのを待った。なまえさんは自分が食べる分のケーキを皿に移し終えたのか、僕の目の前に腰掛ける。「食べないの?」という言葉に僕は慌ててフォークを手に取った。 「えっと、いただきます!」 「いただきまーす。で、さっきのポケモンの話だけどさ、」 「…はい」 「私もね、ポケモン可愛いなぁ、ゲットしたいなぁ、って思うけどね。一緒に暮らすってなると色々大変じゃん。お世話とか」 「そうですね」 「一緒にいつもいれたら楽しいだろうな、とは思うけどね。街中でポケモン連れてる人見たら羨ましいしさ。実際ポケモンと遊んでるコウキくん見ててすごいなーって思ってるし」 「へ、へえ…?」 …うあ、僕、そんな風に思われながら見られてたのか。嬉しいかもしれない。 にやけそうになる表情を隠そうとケーキを口に突っ込む。味は分からない。今の僕には好物なケーキの味すらも感じ取る余裕すらない証拠である。 「それに私の実家、ポケモンとかゲットするのダメだったんだ」 「そうなんですか」 人間とポケモンが互いに支え合って生きているのが当たり前となっている世の中でもポケモンと極力係わり合いにならないようにしている人間も少ないがいたりもするのだ。 そういう家庭で育ったのなら大人になってもポケモンと一緒に生きるなんてことはほとんど想像も付かないんだろう。納得したと同時に徐々に生まれてきた欲望に、僕はどうしようかと頭の中で首を捻る。もしさっき言った言葉が彼女の言葉ではなく、(僕にとっての)第三者が彼女に言った言葉であったとしたなら。だって彼女は先程、ゲットや育成をしてみたいと言っていたのだ。多分、なまえさんはポケモンが好きで、ゲットしたいと思ったことがある筈なのではないだろうか。いつか見た僕のポケモン達を触る手はとてつもなく優しかった。それも、僕のことを少し忘れてしまうくらいに。(なので、それからなまえさんの目の前でポケモンを出すことを少し控えることにしたのだ。彼女はちょっぴり寂しそうな顔をしていたが。) これから言おうとしている言葉はなまえさんにとって迷惑になってしまうだろうか。もしかしたら迷惑だと、思うかもしれない。でも、もしなまえさんが快諾してくれたなら、それならそれで、 「あ、の…なまえさんが、」 「?」 「なまえさんが、良かったら、の話ですけど…」 「うん」 「僕のポケモン…あげるから…育ててみませんか?」 「え、でも」 「ほっほら、僕!育て方とかに詳しいから、なまえさんが困っても僕が居れば大丈夫だと思うし…」 「……」 「それに…僕、なまえさんとポケモンのことたくさん話したい…」 「……」 「……ごめんなさい、僕、勝手過ぎですよね。なまえさんに無理矢理…」 今日の僕はまったくもって謝ってばかりである。勿論それはなまえさんの所為ではなくて僕の自分勝手な発言によるものだから、どうしようもないのだけど。 なまえさんは眉間に皺を数本寄せ、フォークを握り締めながら何か考え込んでいた。 「…んーと、ね…返事はちょっと待ってくれないかな?色々考えたいこともあるし」 「えっ、あ、はい…!」 てっきりすぐに断られるだろうと思った誘いは保留となって、心はきっと断られるだろうという残念な気持ちと、誘いに乗ってくれるに違いないだろうという期待の気持ちがぐるぐると掻き回されて妙な気分になる。 「良いお返事、期待してます」 表情を隠す為に頬張ってから手をつけられなかったケーキをもう一度口に運んでみる。味がちゃんと分かったそれは変に甘くなく、後味が残らずすっきりとした味わいが口内に広がり、無意識に笑顔を作り出した。 |