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月曜の朝。今日は生憎曇り空だ。いつものように会社に出勤すると、出会い頭同僚に「革ジャンはないわ」と吐き捨てられてしまった。

「え、何が?っていうかおはよう」
「あ、おはよう。何が?じゃないわよ。アンタ昨日自分で革ジャン着て街に出てたじゃないの」
「は?いや、私昨日はずっと家で溜まったドラマとか見てたんだけど…」
「いーえ、確かにあれはなまえ、貴女だったわ!いつも私たちが行くマックでいつもの席に座っていつも食べるえびフィレオを、女としては有り得ない革ジャンとダボついたズボンを身につけながらね!こう、がつがつむしゃむしゃと食べていたのを私は見たのよ!」

「お前のやっていることはまるっとお見通しだ!」と言わんばかりにびしっと人差し指を突き付け、金髪ブロンドの髪はふわりと揺れる。碧い目がキッ、と私を睨んでいた。それが自分がやったことでなくても認めてしまいそうだ。美女の迫力ってすげえ。

「しっ、知らねー!そもそも私ズボンならまだしも革ジャンなんて持ってないよ!」
「じゃあ私が見たあれは何なのよ。貴女の生き別れの双子とか、ドッペルゲンガーとか、そういう類のものなわけ?」
「んー、っていうか、ほら、世界には顔が似てる人が三人いるって話もあるし!多分そんな感じ!だと思いたい」

同僚は納得のいかない顔で私を見ていたが、朝礼を始めた上司の声でこの話は一旦打ち切りとなってしまった。


***


朝礼を終え、今日やる予定だった書類の整理をしながら同僚の話を頭の中で考えてみる。考えれば考える程意味が分からなかった。
大体何だ。私のドッペルゲンガーって。しかも私がよく行く店で、いつも食べてる物を食べていたなんて。そりゃあ同僚も私だと勘違いしてしまうのも無理はない。別に私の顔や体で食べるのはまだ良しとして、服装はどうにかならなかったんだろうか。今の時代に革ジャンってどうなんだ。もう一人の私趣味が悪すぎやしないか。っていうか、また現れて他の同僚や友人に見られたらますます私立場が危ういんじゃないのか。ファッションセンス的な意味で。

昼にでももう一人の私がいるかどうか確かめに行きたかったが何の因果か上司に捕まり夜まで会社から一歩も出れず仕舞いだった。こういう時の上司の空気の読めなさ具合は天にも勝る。

そんなこんなで忙しい日が続き、私がドッペルゲンガーもどきと出会ったのはマックでもなんでもない、ただの道端だった。久し振りの定時退社に心を浮つかせていた私は前から自分自身が歩いてくるという自体に一瞬心臓が凍りついた。向こうはまだ私に気付いていないようだ。自分と瓜二つの人間がいるなんて、とうとう気でも狂ったのかと額を思いっ切り叩いたところで同僚の話を思い出した。そうだ。私のドッペルゲンガーだかそっくりさんだかが街中をうろちょろしてるんだった。遠目で見る限り確かに本当そっくりだ。別に街を練り歩くのはいい。人には誰しも自由があるものだから、私にその自由を奪う権利なんてどこにもない。だがしかし革ジャンという格好で歩かれ、その格好を私の知り合いに見られれば笑われるのは私なのだ。人のセンスをとやかく言う権利もないが、迷惑を被るのは勘弁したい。

そんなことを考えていると、私のそっくりさんはやっと私に気付いたのか、その顔を一瞬強張らせると回れ右をして元来た道を戻っていった。もしかしなくても逃げている。ようやく会いたいと思っていた奴に会えたのだ。こんなとこで逃がす奴が何処にいる。
何としても取っ捕まえて話をしたいところなのだが、何故今日に限って私は底の高いヒールを履いてきてしまったのだろう。必死に足を動かすが、向こうは運動靴よりは劣るもののヒールよりは何倍も速く走れるブーツだ。距離はぐんぐん引き延ばされ、芸者の絵が描かれている革ジャンとの距離が遠くなっていく。このままだと間違いなく見失ってしまう。

「ちょ、待っ…うおっ!」

一瞬ぐらついた拍子にいとも簡単に体のバランスは崩れ落ち、ぱかりと軽い音を立ててヒールが折れた。そして何を思う暇もなく、勢いよく地面と抱擁を交わす私は誰がどう見ても滑稽だった。何人かの人が通り過ぎざまに笑いを堪えながら歩いて行く。今此処に穴があるなら是非とも入りたい。そしてしまっちゃうおじさんに仕舞われてしまいたい。

「いたたた…」

ストッキングが破れた上に少しだけ血が出てる。このヒール結構底が高い割には履き心地良かったのに。私の猿真似野郎には逃げられるし。くそ。何なんだもう。折角の定時退社なのに散々だ。

そんな泣きたくなり俯いている私の目の前に、影が落ち、すっと差し出された手はいつも見慣れている手だった。顔は見なくても分かる。私だ。私が転ぶのを見て戻ってきてくれたようだった。さっきまで逃げてたくせに。

「あ、あの…大丈夫ですか…?すいません、僕の所為で、こんな…」
「はい!?」
「わっ…」

思わず勢いよく顔を上げると、そこには想像していた通り私の顔があった。それなのにこの私じゃない私は男性特有の低い声を出していて、何て言うかその。

「え、えーと、私そっくりのオカマ?」
「ちっ違います!」
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