trash | ナノ





かったるい授業が終わり、大好きな部活も終われば後は家に帰るのみである。


チャリ通の奴らとは校門の前で別れ、電通の奴とはそれぞれの下車駅で別れることになる。
俺と研磨、そして黒尾先輩は降りる駅が同じ上に家もそれとなく近いので、三人で帰ることが多い。本来なら先輩との下校は気まずい限りだが、音駒の排球部は他の部と違い上下関係が程よい感じに緩いので特にこれといって気まずさはなかった。というか、少し前までは研磨と二人になってしまう方が気まずかった。


「お前レシーブ受ける時もうちょいどっしり構えた方がいいぞ。なんか頼りねえ」


帰り道、黒尾先輩はいつも今日の俺はどうだったかとか、次からはこうした方がいいだとか、ああだこうだと個人的にアドバイスをしてくれるので有り難い。
今日も今日とてアプリで遊んでいる研磨を横目に先輩の的確なアドバイスをいただき、「ああ、黒尾先輩は凄いなぁ流石主将だなぁ」なんて感動しているところで、黒尾先輩と別れる道まで来てしまった。駅からそこそこ距離がある筈なのに、いつも短く感じてしまう。


「明日の朝練遅れんじゃねーぞ。また明日な」
「今日もありがとうございました。お疲れ様です」
「研磨ぁ、寝坊すんなよ」
「しないよ…」



大きな欠伸を隠そうともせず帰路につく黒尾先輩の背中を見送って──先輩の方が寝坊しそうな雰囲気だ──いつの間にかスマホを仕舞い、ぼんやりと夕日を見つめている研磨の肩をちょいちょい小突く。小突かれた彼はじっと俺を見ていたが、徐々に視線を下に落としながら「…あの……約束、」と呟いた。


表情には出てはいないものの、どこと無くそわそわしている。きっと、楽しみにしてくれていたんだと思う。


「忘れてないって。ゲームするんだよな?」


ソフトならちゃんと持ってきたよ。
そう言うと研磨の目はきらきらと輝いた。
部活中はこんな顔しないのになぁ、と内心苦笑しつつ「早く帰ろう」と彼のリュックを軽く叩いて早く歩くように促す。そうすれば、先程より少し早足で彼は歩き始めた。
移動教室や部活に行く時だって、研磨はこんなにテキパキと動かない。まあ、先輩の為にやってるって言ってたから、意欲的ではないのは仕方のないことかもしれないけど。



***



研磨の家は俺の帰り道の途中にあるので、必然的にゲームは彼の家にお邪魔してやることになる。
先に部屋に行くように言われた俺は、適当に置いた鞄からソフトを取り出し準備を進める。
準備と言ってもただ電源を入れてソフトを入れるだけなので、これといってやることはなかった。
研磨はまだだろうか。というか、彼は一体何をしているのだろう。ゲームするんじゃなかったのか。

時計を見れば、丁度夕飯の時間だった。やっぱりこの時間帯は運動後だし、腹が減る。親には遅くなると伝えてあるから、少し遅く帰っても問題はない。だけど、孤爪家の夕飯の邪魔はしたくなかった。おばさんに「同級生が来てるから家族でご飯が食べられない!」と思われるのも気が引ける。研磨の様子を見に行こうと立ち上がれば、「なまえ」と小さく俺の名前を呼ぶ彼の声がドア越しから聞こえた。


「ドア開けて……両手塞がってるから、開けない」
「はいはーい、っていうかお前今まで何して──っ…おお…」


ドアを開けると、大きな丼が二つとお茶の入ったコップをのせたトレーを持った研磨と対面する。通路の邪魔にならないようすぐに退ければ、彼は慎重にテーブルへと置くと、張り詰めていた神経を解すように大きく息を吐き出した。


その丼は蓋がしてあった為に中身は何なのか判断しかねるが、どこからどう見ても夕飯だった。


「えっと、研磨…これは…」
「お腹、減ってるでしょ……一緒に食べろって、親が。…カツ丼嫌い?」
「…好きだけど」


むしろ大好物である。


「じゃあ食べよ」
「…いや、あの…うん…」


ご家族の方に気を遣わせてしまった。夕飯目当てとか思われてないか心配だ。帰る時にはちゃんと挨拶しなきゃと考えながら、頂くことにする。蓋を開ければ、湯気と共にカツ丼の少し甘そうな良い匂いが俺の鼻腔を刺激した。この匂いがカツ丼の素晴らしさを引き立てるのだ。とろりとした白身と黄身がさくさくに揚げられているカツに絡まれている。うちの母さんが作るよりも何倍も美味そうだ。
こんなものをいつでも食べることが出来る研磨は、なんて幸せ者なのだろうか。

目の前のカツ丼を見ても感動の色を示さないどころか、「俺こんなに食べれないからあげる」と言いつつ俺の丼にカツをひょいひょい移動させる彼を信じられない目で見ていれば「早く食べないと冷めちゃうよ」と食べるよう促される。


「じゃあ、えっと、いただきます…」
「…いただきます」


見た目はさながら、味も良い感じに濃い味付けで実に俺好みだった。卵とカツ、ご飯の三つのバランスが絶妙にとれているこのカツ丼は三ツ星の評価を与えたい。そう言うと研磨は少し顔を引き攣らせながら「そ、そう?」と微妙な反応を返した。引かれた。


「…そういえば、ゲームはどれくらいやったの?」
「あー…そこそこ。とりあえずカップに挑戦したり、新しいキャラ出したりはしたけど」
「…そっか」
「研磨はいっつもキャラ何使ってんの?」
「…えと…別に固定はしてない。その日の気分で……なまえは?」
「俺はヨッシーとか、ヘイホーとか」
「重量級は…」
「ほとんど使わないな……あ、でもロゼッタ可愛いから時々使う。そういや今作はアイテム装備した状態で新しくアイテムゲットするの出来なくなったよ」
「え……そうなの?」





夕飯をペろりと平らげ、お茶で一服しながらゲームの話をする。なんて幸せなのだろう。クラスの連中とゲームをすることはあれど「あのゲームを皆でやった」「楽しかった」と薄っぺらい内容で、一言で言うとつまらない話ばかりだった。俺は「あのキャラの性能はこうだからやっぱり装備をつけるならあれがいい」「縛りプレイでどこまで進めた」とか、ゲームをやりにやり尽くし、そのゲームを恐ろしいくらい分析している人間と話しかったのだ。