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これの続き






「待たせて悪ぃな」
「…別に待ってねーよ」

そう言うとみょうじは申し訳なさそうに笑って「じゃあ行こうか」と先に歩きだしてしまった。俺はその数歩後ろをゆっくり歩く。行き先は俺達が潰さなければならない雷門中だ。入学早々こんな社長出勤紛いのことをしてしまっているので、きっと俺達は不良のレッテルが貼られているに違いない。フィフスセクターに所属する以上いつ呼び出しがくるか分かったもんじゃない。どうせ碌に勉学に励むことが出来ないのは分かっていた。携帯で時刻を確かめて昼までに着くことが出来ればいいと考える。

「今頃何の授業やってんのかな」
「…俺が知るわけないだろ」
「まぁね。俺さ、勉強好きなんだ」
「変わってんな」
「ほら、俺家庭環境がクソみたいだったって前に言っただろ?その所為で学校ほとんど行けなくてさ。たまに言って受ける授業が楽しかったんだ、すごく」
「中学じゃ小学校で受けた授業と全然違うと思うけどな」
「それでも受けてえよ」

ここからじゃみょうじの表情は見えないが、きっとさっきみたいな情けない顔をしてんだろう。心なしか背中が小さくなっている気がした。…こいつは本当に表情に出やすいな。フィフスセクターのシードとしての実力はあるみたいだがその他は全然駄目だ。からっきしだ。何でこんな奴と協力しなければならないんだろうと考えたことが何度かあるが考えるだけ無駄だということに気付いたのは最近のことである。
軽く溜息をつくとみょうじは俺を振り返りどうかしたのかと尋ねてきた。お前が原因なんだよと言いたくなるのを堪えて何でもないとだけ返す。面倒臭い奴だ。世話を焼くのが好きなのか、よく俺を心配してくるのが兄さんみたいで少しだけうっとうしい。

「そう。剣城が何でもないならいいけど」

みょうじはじっと暫く俺を見つめてから前に向き直る。その時不意にみょうじの首筋に目がいった。俺よりだいぶ短い奴の髪は首筋を隠すか隠さないかのぎりぎりな長さの為に、首筋に赤い痕があったことにすぐには気付くことが出来なかった。不自然過ぎる鬱血の痕。ああ、あの噂は本当だったのだなと俺は眉間に皺を浮かばせながら思った。みょうじなまえは聖帝に寵愛の施しを受けている、と。そんな噂が一時期流れていたことがあったのだ。寵愛がそのような形のものだったなんて考えもしなかった。無意識に奴に対してどこか冷たい視線を送り始めている自分が許せなくて、俺は無理矢理みょうじから視線を逸らした。こいつはそれでいいのだろうか。あの人に抱かれて嬉しいのだろうか。このままでいいのだろうか。
…そんな問い掛けをする立場ではないことは解りきっている。みょうじだって、兄さんを助けることを交換条件に従わされている俺のように幾つかある家庭の問題解決を交換条件としてフィフスセクターに従っている。仕方がないことなのだ。俺達シードはフィフスセクターの──聖帝の操り人形のように、彼の掌で踊ることしか出来ない。それしか残っていない。逆らえば希望も全て散っていってしまう。

「剣城、マジで何かあったのか?」

気づけば足を止めていた俺を心配そうに見上げてくるみょうじに俺はもう一度何でもないとだけ繰り返した。

何もかもが胸糞悪さで溢れ返っている。

ロスト・ロスト