etc | ナノ
静かなエンジン音とノイズ混じりのラジオが優しく耳に入っていく中、俺は後部座席で横になっていた。酷く吐き気がして、どこか頭痛もする。何とまあ、珍しく車酔いをしてしまったのだ。普段なら決して車酔いなんてしないのだが、今運転している彼の運転がそりゃまた酷いの何ので正直どうしてこんな酷い運転で免許がとれたのかと思ってしまった自分がいる。途方に暮れる中、突然の急ブレーキによって俺は無惨にも座布団が投げられるが如く吹っ飛びそのまま運転席のシートにぶつかった。鼻痛ぇ。

「なまえさん大丈夫ですか?」

助手席に座っていた京介が心配そうに俺の方を振り返った。俺は揺れる視界に映る京介にひらひら手を振ってよろよろと再び座席に寝転がる。っていうか京介はこんな運転にも関わらず酔った気配が見えないのは何でだ。俺の三半規管が弱いだけなのか?

「なまえは放っておけよ京介。いつものことだから」
「全然いつものことじゃねーし。優一の運転が荒いんだよ」
「?京介、俺の運転荒いかな」
「いや…そんなこと思ったことないよ」
「お前らはおかしい。絶対おかしい」
「あ、青になった」
「うおお…気持ち悪ィ…」

急発進された車は非情にも俺の三半規格管にダメージを与えていく。運転を代わらせて下さいと言ったことは何度もある。まぁ頼んだ結果がこれだ俺の頼みは笑顔で却下されてしまっている。優一の笑顔はこわい。結局俺は目的地に着くまで気持ち悪い気持ち悪いとひたすら唸る他何も出来なかった。


***


「なまえさん、着いたよ」
「……まじか…」

暴走していた車はいつの間にか停車していた。俺寝てたのかな。気持ち悪いと譫言を呟いている記憶があるので半分寝ていたと言った方が正しいな。京介の言葉に俺は重い体を起こして窓越しから目的地である海を眺める。太陽によってきらきらと輝いている海は濃い青に染まっていた。うおー、綺麗だなぁ。来て良かった。

「京介、俺はなまえを介抱するからお前は先に行ってていいぞ」
「いや、俺も手伝うよ」
「………風に当たってたら大丈夫だからお前ら先に行けよ。泳ぎたいだろ」
「泳ぐことよりなまえの方が大事だよ」
「ああ」

なんだこの兄弟は…なに嬉しいこと言ってくるんだ…!と一瞬感動しそうになるが、どう考えても全ての発端は優一である。危うく奴の言葉に騙されるところだった…。

「パラソルでも差して皆で涼もうか」
「あ、それ賛成」
「俺パラソル持ってくよ」
「じゃあ俺は下に敷くやつ…何だったっけ?レジャーシートだ!それ持ってくわ」
「分かった。後ろの鍵開けるよ」

それぞれ車を降りて、優一は車の後ろにまわると鍵を差し込んでゆっくりドアを開けた。俺は出発する直前に投げ込んだ帽子を被り、レジャーシートを掴む。後ろに立っていた京介にパラソルを渡して優一がドアを閉めるのを涼しい風を受けながら待った。今日は昨日みたいにクソ暑くないから過ごしやすいな。

「じゃあ行こっか」
「おう」

京介の跳ねている後ろ毛を指でいじくりながら目の前に広がる海に向かう。京介は肌が白い。日焼けで赤くなったりとかしないんだろうか。汗っかきなのか汗を垂らしながら多少バテている彼に尋ねると日焼け止めなら着く前に既に塗ったくっていたんだそうで。成る程、だからちょっとだけいつもより白いと感じたのか。
浜辺には誰もおらず、俺達三人の貸し切り状態だった。夏休みは終わってるから人が少ないだろうなとは思っていたが、まさか誰もいないとは思わなんだ。思いっきり騒いでも迷惑にならないな。よし。

「なまえ、レジャーシート敷いて」
「ほい」
「京介、パラソル差して」
「ああ」

三人で少し小さいレジャーシートに座るもんだから、お互いの体が触れ合う距離にいる為に少し暑苦しい。真ん中にいて挟まれている俺は余計に暑苦しい。団扇も何も持ってこなかったのを今更ながら後悔する。

「あっちーよ…お前ら離れろよ…」
「レジャーシート小さいんだから仕方ないじゃないか」

とか言いつつ必要以上に引っ付いてくるのは何なんだ。京介は逆に申し訳ない顔してるってのに。京介は低体温だからもっと寄ってくれていいのに。兄弟なのにほんと性格ちげーよなぁ…。

「でもさ、こういうのっていいよな」
「何?野郎が三人揃って夏なのにおしくらまんじゅうしてることが?」

優一は俺の言葉に目を細めた。

「いや、違うよ。だってさ──

俺、歩けてるんだもん」










「なまえさん?」

目を開くとそこには車酔いの俺を心配そうに見つめていた京介よりかは幾分か幼い顔つきの京介が俺を覗き込んでいた。外からは蝉が煩く最期の一鳴きをしているのが聞こえる。暇だったから京介の家に遊びに来た迄は良かったがどうやら俺はうたた寝をしてしまったらしい。床で寝ていた所為で背中が痛い。その痛さでここが現実だということを実感する。……ああ、夢、だったのか。夢じゃなきゃ……、そうだ。優一は運転免許なんて持っていないし、優一の運転が荒いかどうかなんて知らない。京介も優一も俺も、まだ十代前半だ。それに──…優一は、足が動かない。

分かっていた筈なのに、夢の中の俺はずっと気付かなかった。もしかしたら気付きたくなかったのかもしれない。頬をつたう汗を拭うこともせず黙り込む俺に京介は一言「夢でも見てた?」と尋ねてくる。正直に夢の出来事を話したとしたら、目の前の彼は一体どんな反応をするのだろうか。



「………──幸せな夢だったよ」


幸せな夢だったのに、涙が出るのは何でだろう。


しあわせの四文字がどうしても手にはいらない