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大学も無事に単位を落としまくった俺に残された道は留年か中退の道しかなかった。両親は留年によって再び馬鹿みたいな金額を俺に使ってくれるだけの優しさなんてこれっぽっちも持っちゃいなかったので──むしろ厳しさしか持っていなかったが──そんなわけで俺は実家を追い出され絶賛フリーター中である。朝から深夜までコンビニでお金を稼ぐ、よく見る典型的なフリーターと化してしまったのであった。ちなみに四年目だ。そろそろベテランと言われてもいい頃合いではないだろうか。小さい頃の俺が今のクソみたいな人生を歩んでる自分自身を見たとしたら、小さい俺は大いに失望した上で養豚場のブタでも見るかのように冷たい目を寄越してくるのだろう。自分で考えて泣きたくなってきた。
思い出すなら小中高とサッカーをやっていた頃が二十四年間生きてきた中で絶頂期だったと言えよう。特に中学でのサッカーは色々苦難があったものの、仲の良い友達が出来たりして楽しかったような気がする。今は連絡なんてとっちゃいないから何をしているかは知らないけど。

自分以外の人間がいない店内で雑誌の入れ替えをしながら腕時計を見る。安っぽいデジタルのそれは勤務終了十分前を表示していた。人もいないから、もうそろそろ閉めてもいいか。残りの雑誌をまとめて棚に押し込み立ち上がると同時に自動ドアが開く音がした。売れ残りの雑誌を整頓しつつ横目で入口を見ると、翻ったスーツの端がちらりと見えただけで後は商品棚によって姿は隠れてしまって男女かも判別出来ないが、客が来たということは間違いなかった。いるんだよなあ、閉店間近に来る客…来るならもっと早く来いよ。「らっしゃーせー」なんて力の抜けた声を上げて雑誌を奥の控室に持って行くと共に再度客の姿を確かめようと、少し物音のする惣菜コーナーに視線を向けたが何も見えはしなかった。まぁこんな夜遅くに来る客は大概やのつくそういう系の人だったりするから、かえって顔を合わす必要もないかもしれない。怖いし、こんな時間に絡まれるのはごめんだ。レジの時は俯いて会計すればいいや。

控室に行くと数時間前に帰った店長からであろう『タバコの補充よろしく』と書かれたメモが俺のロッカーに貼られていた。……口で言えばいいのになぁ。自前に言われていればもっと時間を上手く使っていたんだけど。だらだらと雑誌の片付けなんてしないでぱぱっと手際よくしていれば良かった。
自然に出てきた溜息を途中で止めることなく吐き出してから、雑誌を置いてレジへと早足で戻る。ちゃっちゃとやってしまおう。しゃがみ込み棚にタバコを詰める作業をしている途中「会計をお願いしたい」とカウンター越しから声が響いた。あー、会計か、会計ね。早く終わらせる為に立ち上がると同時にカウンターに置かれたプリンとエクレア、そして唐揚げ弁当が目に入った。どれも俺の好物ばかりだ。視線を商品に向けたまま客の顔を見ることもなく無言でバーコードを赤外線に翳していく。客の視線がとても痛い。早くしろってことだろうか。

「以上…三点で八百八円のお買い上げになります。…ポイントカードはお持ちですか」
「…客の顔を見ないとは最悪な接客の仕方だな、みょうじ」
「…え、」

不意に名前を呼ばれ俯いていた顔を上げる。そこにはゴーグルではなく…いや、ゴーグルなのか?とりあえず変わった形のゴーグルと高校の時よりもかなり伸びたドレッドヘアの鬼道有人が眉間に皺を寄せながら俺を見下ろしていた。
背、昔は俺の方が高かったんだけどなぁ、なんて頭の隅で考える。


「…何だ、元同級生の顔も忘れたか」
「あ、いや、違くて…え、鬼道?」
「ああ、そうだが」
「わ、久しぶりだなぁ…いつ振りだったっけ…?」
「高三の時に一度会って以来だな」
「あ、そーだそーだ…懐かしいなぁ…お前高校卒業したらすぐに外国行っちゃって…あれ?今何で日本にいるんだ?」

イタリアだかどこだかでプレイしてるんじゃなかったか。売り物のスポーツ新聞に、何度か鬼道の写真が見出しに使われているのを見たことがある。買おうにもその時はお金がピンチで買えなかったのだが。

「まぁ色々用が出来てな……とりあえず店を閉めてからゆっくり話さないか?」
「そうだな。じゃあ金くれ金」

手をひらひらと振って鬼道に金を出すよう促す。普段の客相手には絶対出来ないししない行為だ。鬼道は懐から黒革の財布を取り出すとこれまた黒のカードを取り出して俺の掌に落とした。…………黒のカード?

「カードで頼みたいんだが使えるか?」

いや、こんぐらいの金額ぐらい持ち歩けよ金持ちが!