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「よーうみょうじ!立向居!アイス買って来たぜアイス!」

それは俺と立向居が綱海のことを神と崇めた瞬間でもあった。散々動けない動けないと呻いていた俺は一目散に玄関にいる、ビニール袋を掲げて夏に相応しい笑顔を浮かべた綱海の元に駆け寄った。ああ、アイスだ…待ちに待ったアイスだ…。

夏休みだからと立向居と二人で沖縄に来たものの、やはり夏真っ盛りなお陰で気温が上がりに上がり、普段からこんな暑苦しい空の下で生活していない俺は沖縄へ来た一日目にして早くも暑さに敗北してしまったのであった。
綱海は「好みとかよく分かんなかったわー」と言いながら、ビニール袋をひっくり返しぐちゃぐちゃと色んな種類のアイスを床に落とした。

「…綱海が神に見えるわ…」
「綱海さんありがとうございます!」
「いーってことよ!さあ食え食え」

俺は沢山のアイスの中から苺味を、立向居はクリームソーダ味のアイスを選んだ。綱海はアーモンドチョコを取って残ったアイスをてきとうに袋にしまい込んだ。俺は袋を開けてアイスを口にくわえる。生き返るってこういうことを言うんだなぁ…生きるって素晴らしいなぁ…将来はアイスの工場で働きたい。

「居間行くか」
「玄関の方が風通し良いから此処で食っちまおーぜ」
「行儀悪いだろ」
「大丈夫大丈夫!誰も見てねーし!」
「…!綱海さん、後でお金払いますね」
「あ、そうそう。忘れてた。いくらだった?」
「んー?いいよこんぐらい。俺の奢りだ!」
「こんなに買ったら金バカにならないじゃん。払うって」
「いーっていーって!わざわざ沖縄に来てくれて嬉しいしよ。ちょっとくれぇカッコつけさせてくれよ」

綱海はどこまでも心の広い男だ。立向居はすいませんありがとうございますとペコペコ頭を下げている。

「綱海かっこいいー流石海に生きる男」
「おうおうもっと言ってくれよ!」
「綱海さん素敵です!」
「綱海さんかくー」
「綱海さん世界一です!」
「綱海抱いてー」
「おう!抱いてやる!」
「うわっ」
「うおっ」


綱海はアイスをくわえたこみ、俺と立向居の肩を掴むと思い切り自分に引き寄せた。肌と肌がくっついて熱いのなんの。ただえさえ汗でべとついてるのに、気持ちが悪いことこの上ない。肩に乗せられた腕をはらおうとするが綱海は腕の強さを益々強くさせた。まじで暑い。

「はーお前ら本当可愛いなぁ」
「綱海あっちーよ」
「みょうじから抱いてって言ったんじゃねーか。いいだろこんぐらいよー」

ノリで言っただけなのに……綱海って冗談通じないよなぁ…まぁそこが綱海の良い所なんだけど。しっかし何で玄関でこんなことしてるんだろうな俺達。

「綱海、暇ならこれから──…って何してるんだ?」
「よお音村!」

ほんとこんな暑い中何やってんだろうな俺達。でも悪くないと思ってる俺がいたりするのだ。奇異なものを見るかのように俺達三人を見つめる音村に綱海が「何か用か?」と疑問をぶつける。

「もし暇ならサッカーでもどうかなと思ったんだけど…」
「おー!やるか!…あ、お前らバテ気味だったな」
「いや、俺は大丈夫だよ」
「俺もやれます!」

アイス食ったら体冷えたし、多分水分補給を怠らず直射日光さえ避ければ大丈夫だろう。綱海は少し考えていたが「無理はすんなよ」と言って音村に顔を向ける。その顔はとても嬉しそうで何だか俺も嬉しくなる。

「アイス食ったらすぐ行くぜ」
「分かった。それじゃあ」

背中を向ける音村に三人で手を振って俺達は無言でアイスを食べる。苺味はやっぱりどこかくどかった。帰ってきたらレモン味のアイスがないか探してみよう。

「……っと…食った食った!俺いちばーん!」
「…っしゃ、俺二番」
「…ごちそうさまでした!俺ゴミ捨ててきますね」
「んあ、悪いな」
「立向居ー、悪ィんだけどアイス冷凍室に入れといてくれねぇか?」
「わかりました!」

アイスの棒と袋やらなんやらを持って立向居は小走りで廊下を駆けて行き、すぐに玄関に戻ってきた。その手は先程の持ち物なんて持っていなくて、代わりに麦藁帽子が握られている。もしかしたらマイ麦藁帽子なのかもしれない。

「みょうじさん、これ使って下さい!」
「え、俺?立向居は?」
「俺は大丈夫ですから!」

わざわざ俺の為に持ってきてくれたのか…。後輩の気遣いを無下にするわけにもいかず、俺は麦藁帽子を受け取り素直に被ることにした。これで直射日光は当たらないだろう。礼を述べると立向居は「いつもお世話になってますから」と笑う。俺はとても素直で優しい後輩を持ったなぁ。沖縄から帰ったら何か奢ってやろ。

「飲み物なら途中の自販機で買おうぜ。んじゃあ行くか!」
「おう」
「はい!」

それぞれ靴を履いて外を出る。相変わらず外は太陽の所為で暑かった。流石沖縄だなぁと手で風を送りながら綱海が戸締まりするのを待つ。サッカーし終わったらちょっと足だけでも海に浸かりてぇな…。

「今日も張り切っていくぞ!」
「はい!」
「元気だなぁ…」

よろよろ二人の後ろを歩く俺に綱海はひとしきり笑って、ぶらつかせていた手をぎゅっと握ってきた。綱海の手はかさついていてあまり温度は感じられない。綱海が俺の手を握ったのを見て立向居も俺の空いた片手を握る。今の俺はどう見ても完全に捕獲されたエイリアンだ。えぇー、何だこれ。

「みょうじおせーんだもん!」
「だからって手握るこたぁねーだろ…立向居子供体温だな」
「えっ、あっすいません!」
「別に嫌とかじゃなくてね」

何だか迷子防止みたいだなと思ったが、まぁこういうことが少しはあってもいいかもしれない。無意識にこぼれる笑みを浮かべながら俺は沖縄の綺麗な青空を仰いで笑った。

38℃の空気を吸う
title:放電