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※ネタバレ描写あり











瀬多は静かに生田目をベッドの上から引きずり落とすと、待機していた巽に目配せ一つを寄越してから深く深呼吸をした。その瞳は初めて出会った時とは全く違い、濁り、黒ずんでいる。彼は変わってしまった。いや、「彼も」と、言うべきなんだろうか。視線を周囲の人間に漂わせると、誰も彼も皆瀬多と同じ目の色をしていた。救いが、希望がないことに絶望しきった瞳。目配せを受け取った巽は無言で生田目を掴み上げ、テレビの前まで連れていく。何も映らないテレビはこれからの生田目の未来を確実に暗示していた。いつの間にか彼らと同じく彼にも明るい未来なんてものは消え失せてしまっていたのだ。

「地獄に堕ちろ、生田目」

瀬多の静かな呟きと共に巽は生田目をテレビの画面の中に落とした。落ちる音すらしなかったが、あの時私は生田目の体が、心が、希望が、黒くて底の見えない何処かに落ちる音を確かに聴いた。


***


今の時期に制服だけで外にいるという行為は自殺行為にも等しい。病院の屋上から見る稲羽市は特にこれといった特徴も見えずに、代わり映えのない町並みが広がるだけだった。両腕で己を抱きしめ寒さに抵抗していると、「はい」という声と一緒に目の前にココアが現れる。それを持ってきた人物とは余りにも不釣り合いだったので、何とも形容しがたい違和感を覚えてしまう。受け取りながら足立さんを見上げれば、彼のもう片方の手にはブラックコーヒーが握られていた。

「生田目はどうなっちゃった?」
「落とされましたよ」
「ふーん」

興味なさ気にそう言い、足立さんは缶の蓋をかちりと開く。私は両手で缶を左右に転がしながら再び何もない景色を見つめた。内心私はほっとしていたのだ。彼らが真実に辿りつけなかったことに。もしこの事件の真犯人が足立さんであることに気付いてしまったら、私はこうして足立さんと一緒に時間を過ごすことが出来なかっただろう。足立さんのは二人もの人間を間接的に殺めたが、それを彼らに告げることと、足立さんの隣に立つことを天秤に比べると、私にとっては後者の方が酷く大事だったのだ。私は自己の欲求を満たす為には真犯人の存在を黙っているような最低な人間だ。自分でもどうかしているとはっきり自覚しているのに、足立さんは何も言わなかった。

「足立さん、」
「なまえちゃん」

私の声を遮るように足立さんは私の名前を呼ぶ。足立さんを見れば、うっすらと微笑を漏らしながら私を見下ろしていた。

「何ですか」
「このままだとこの世界はあっちの世界に取り込まれる」
「……」
「その前に行きたい所に行こうよ…なまえちゃんずっと前神社巡りしたいって言ってよね。一緒に行こう」
「…良いですね」

足立さんはくしゃりと笑って私の頭に手を添えると、優しく自分の体に押し付けた。風にあたったその体はやけに冷たい。目の前にいる人が連続殺人事件の犯人だということは、世界が終わりを告げるまで誰も気付かないだろう。無論私は死ぬまでこの事実を公言したりはしない。そうやって真実は人の手によって隠されていくのだ。


不純な夜を待ち望んだセブンティーン