pkmn | ナノ
「おいなまえ」
「なに」
「俺と契約して家政婦になってくれよ」
「もしもしオーバさん?おたくのデンジさんがトチ狂ったことおっしゃってるんですけど」

真顔っていうのがまた何とも言い難い…ていうか反応に困るんですが。
相変わらずニート生活をエンジョイしているデンジのことだ。きっと二次元に焦がれ過ぎて頭のネジが二、三個何処かに落としてしまったに違いない。全くどうしようもない人だなこの人は。元々どうしようもないのが最近は益々磨きがかかってスーパーどうしようもなくなっているような気がする。例え腐れ縁が続いている相手だとしても寝巻で出迎え、そしてそのまま寝巻で過ごし続けるところが人間として既に終了していると思う。ゴールデンウイークはとっくの昔に終わったのだ。というか世の中の学生はサマーバケーションという、まあわざわざ外国語を使う必要性も全く持ってないのだが、プールやら海やらを楽しんでいる頃合いだ。大の大人が世間から日中だらしない格好で闊歩しても白い目で見られない期間は終わってしまったのである。さっさとしゃきっとして欲しい。

「『おたくのデンジさん』…『お宅』と『オタク』を掛け合わせたのか。大した奴だ…」
「紛れも無く偶然だよ馬鹿…あ、そうそう。何の用だったの?」

デンジの家政婦発言で忘れるところだった。いけないいけない。仕事も休みで今日は一日手持ちのポケモンとごろごろするつもりだったのに早朝から携帯で呼び出されたことで呆気なく私の休日の予定は塵と消し飛んでしまったのであった。デンジ、てめーが消し飛べ。
デンジは寝癖のついた髪を撫で付けながらうっすら隈がついている端正な顔をこちらに向けた。

「あー、そうそう。今日お前休みじゃん」
「はい」
「だから呼んだ」
「はい………え、それだけ?」
「え?うん」

「それだけですけど何か」みたいな表情を浮かべないで欲しい。

「帰る」
「何でだよ。別にいいだろ」
「いくねーよ!デンジはいいかもしれないけど私には私の用事があるの!」
「…ねーくせに」
「家でゆっくりすることがやることなの!」
「あっ、そ。…あ、帰るなら飯作ってから帰ってくれよ。昨日から何も食ってないんだ」
「そのまま餓死しろ」

家政婦っていうかむしろ奴隷扱いだろこれは…デンジは私を何だと思ってるんだ…多分こいつは私が何でも言うことを聞くポケモンだとでも思ってるに違いない。いつか後ろから女に刺さればいいのに…それかオーバのアフロで圧死しろ。
腰掛けていた椅子から無言で立ち上がり、機材やらDVDで(勿論それは大人の男が楽しむDVDではなく、アニメDVDである。)散らかりかえっている床をやっとのとこで歩き切り、殺風景な玄関へと足を運ぶ。
後から慌てたような足音が私を追うがその前に私は靴を履き終えてドアノブに手をかけた所だった。

「おいなまえ、悪かったって。俺が本気でお前に家政婦になって欲しいとか思ってねーって」
「いやどう見ても冒頭のアレはマジ顔だったよ、じゃ!バイビー」
「待てよ」

カントーのジムリの真似をあっさりと流されて私はドアノブごとデンジの手によって捕われた。オタクなくせに動きが早いとは……あっ、いや…オタクだからこそ早いのか?

「俺はお前にそんなことが言いたくて呼んだわけじゃない」
「…じゃあ何で呼んだの。人の自由な時間奪っといて何も言わないのはずる賢いロケット団やいたいけな少女に契約を迫る宇宙生命体と同レベだよ」
「それはだな…」

もじもじと若干顔を赤らめ俯くデンジは生理的に受け付けず、何だか見てはいけないものを見てしまったかのような気分になる。悪いことが起こらないよう帰ったら仏壇にお祈りしなければ。

「それは…」
「なに」
「それは…」
「帰る」
「あー…なまえと一緒に過ごしたいからに決まってるだろーが…言わせるな馬鹿女!」

言うだけ言ったデンジは一度「ふんっ」と鼻を鳴らしてからずかずか音を立てながら居間に戻っていく。
私は少しドアから離れて履いた靴を脱ぎながらテレビの前を定位置としているデンジに声を上げた。

「デンジってさー」
「…………」
「デンジってさー」
「………んだよ」
「イケメンだけど生きにくい性格してるよね」
「……知ってる」
「まあ私は嫌いじゃないけどね。時々瀕死にしてやりたくなるけど」
「…知ってるよ」

あ、多分こいつ今笑ってる。


いつまでも子供