pkmn | ナノ


※相手がノボリさんといいつつサブウェイトレーナーとして出てくる鉄道員のクラウドしか出てこないというフェイント
キャラ捏造してるので苦手な方はリターン推奨










──ノボリさんと別れたい。


こう思ったのは何度目だろうか。とりあえず、何度目かは分からなくなってしまったぐらいそう思っていることは確かだ。
彼も未だ知ることのない本心に、出勤時には吐き出せなかった溜息をつく。ああ、憂鬱だ。ノボリさんとそういう付き合いを始めてから、快眠出来る日が減ってしまったし、食欲が余りなくなってしまった。きっと、彼と行動を共にする時は常時気を張ったままでいなければならないからだ。


正直に言って、ノボリさんの存在は私の負担になっていた。
きっと、それはノボリさんも同じだ。無意識に私が負担になっている筈…多分。顔には出さないだけで。

そもそもノボリさんが私を好いているという事実が未だに信じられない。サブウェイマスターとサブウェイトレーナーという、バトルサブウェイで働いている共通点しか、上げられるものが見当たらない。だから、付き合っては頂けないでしょうかと言われた時には無意識に爪で掌を食い込ませ、これは夢ではないのかと確かめてしまった程である。

私とノボリさんは見ている世界が違う。住んでいる世界も違う。好きな食べ物、趣味、性格、好きなポケモン、好きなバトルスタイル。トレーナーとしての実力。全てが異なっている。

何もかも自分とそぐわない人間と居て何が楽しいのだろう。話だって弾むこともなく。ただ挨拶をして出勤し、昼食を共にし、そして終わる。こんなの、恋人でなくても出来ることだ。


ノボリさんは何の意図があって告白をしてきたのか。…嫌がらせ、ではないことは分かる。彼はクダリさんて違って真面目で、真摯な態度を貫いている人間だ。やっぱり、私にそのような感情を持っているのかと言えば、何か違うような気もする。まったく、腹の読めない人だ。自分とは真逆の人間の思考や意図を予想するなんて、私には無理過ぎる。



「なまえ、なまえー…どないしたん?」
「……あぁ、すいません。ちょっと疲れちゃって…」
「何や、二日酔いか」
「次の日が仕事だって分かってるのに二日酔いするまで飲むわけないじゃないですか。そもそも飲んでないです。そういうクラウドさんが二日酔いなんじゃないですか?」
「……う、分かるか…?二日酔いやねん。頭痛むっちゃ酷いわ…」
「大変ですね」
「……そんだけ?」
「いや、私に何を求めてるんですか」
「薬」
「二日酔い治す薬なんてありませんよ。そんなこと位クラウドさんだって知ってるでしょ…」


こんな清掃員相手によくちょっかいを出してくれるクラウドさんは「あーもーやかましい!」と大きな声を出したが、それが頭に響いたのか眉間に指を当てた。顔色が若干悪い。どうやらかなり重症のようだ。どうしてハメを外してバカ飲みしたんだとか、どうして酒の量をセーブ出来ないんだとか、言いたいことは沢山あったが、この状態を見ているとかわいそうに思えてきた。


「ここのホーム掃除したらタブンネで癒しの鈴と癒しの波動してあげますから…待ってて下さい」
「……自分ポケモン持ってたん?初耳やぁ…」
「言ってませんからね」

クラウドさんを人気のないホームの隅まで連れて座らせると、モップを持ち、いつもより大雑把に床を拭いてからごみ箱のチェックを済ます。何もない。ついでに人も私とクラウドさん以外には誰もいなかった。

無音のホームの中、駆け足でクラウドさんの元に向かうと彼は頭を抱えてうんうんと唸っていた。いつものクラウドさんとは大違いだ。


「今楽になりますよ。タブンネ、」


手に持っていたモップを適当に立てかけ、懐からモンスターボールを取りだす。かちりとボタンを押すとタブンネがにこにこと可愛らしい笑みを浮かべながら出てきた。癒しの鈴と癒しの波動を彼にやってくれないかと頼むと、タブンネは笑って頷き、クラウドさんに向かって手を翳す。温かい光がホームの隅で朧げに霞んだ。
少し経った後、最後に鈴を鳴らす動作をしたタブンネは、一歩下がり、私の手をぎゅっと握り締めながら笑いかけてきた。どうやら治療は終わったらしい。
その証拠にクラウドさんの顔色は先程よりもかなり良くなっていて、いつもの調子を取り戻したようだ。流石。


「あー…めっちゃ楽になったわ…なまえ、おおきに」
「お礼なら私じゃなくてタブンネに言って下さい」
「あぁ、タブンネおおきにな。助かったわ。もしボスに見付かったらキッツイ説教喰らってたかもしれん」

クラウドさんはタブンネの前にしゃがみ込むと、男らしく爽やかな笑顔で彼女の頭を撫でた。タブンネは恥ずかしそうに一度こくりと頷いた後、もじもじしながら私が持っていたモンスターボールのボタンを押して勝手に戻ってしまった。自分が何かしてしまったのかと言いたげに私を見るクラウドさんに「恥ずかしがり屋なんですよ」と返せば、「怖がらせたんやないんやな」と彼はほっと安心したように一息つく。


「…そういやバトル参加せぇへんの?清掃員かて駅員より地位は低いかもしれんけどバトルには参加出来るやろ」
「バトルは出来ないので………ほら、ポケモンはバトルだけが全てじゃないでしょう?」
「せやな」


納得するクラウドさんを尻目に、ボールを懐に仕舞いながら時計を確認する。昼休憩まであともう少しだ。もう少し………で。…ああ、憂鬱な時間が再びやってくる。無表情な上司の顔を思い浮かべながらモップを片手に持ち直すと、クラウドさんが「あ」と思い出したように声を上げた。


「せやせや、さっき何で自分溜息ついてたん?今の礼として話聞いたる」
「いや、あれは疲れて…」
「じゃあ疲れた原因の話でもしぃや」
「…………えーっと、」


私とノボリさんの関係は誰も知らない。私が口止めをしているからだ。公言しないことをお願いしたあの日、ノボリさんは少し黙り込んだ後、分かりましたと渋々ながら頷いたのだ。規律や約束に人一倍厳しい彼がうっかり漏らすなんてことはないだろう。頼んだ私からばらしてどうする。でもこの状況は何とかしたい…。


「相談っていうか…ちょっとききたいことあるんですけど…」
「うん?」
「クラウドさんが今までに経験した恋愛の中で酷かったものってありますか?」
「何や、恋か」
「………友達、が…ちょっと困ってまして…」
「んー、恋愛、恋愛かぁ…」


顎に手をやり暫く考え込んだクラウドさんは「そういえば…」と私に向き直る。

「酷いってもんでもないんやけど…昔働いてた職場でえっらい別嬪な上司がおってな。向こうはわしのことどこが良かったんかは知らんけど、偉い惚れられてしもうたんよ」
「!! それでそれで」
「わしもその人のことイイなァ…かわええなぁ思っとったし、ぶっちゃけ上司の告白断ったら気まず過ぎて働けないやん?そんで、OK出して付きおうたんよ」
「それで…どうなったんですか?」
「何て言うか…女のお前が聞いたら怒るかもしれへんけど…」
「?……体の相性とかそんなんですか?」
「ち…違うわボケッ!そこまでいく前に別れたわ!!」
「いでっ!」


あぁこの人純情なのか…とグーで殴られた頭部を摩る。クラウドさんは若干赤く染まった頬をごまかすようにこほんと咳ばらいを一つ零すと口を開いた。


「なんちゅーか、……愛が重かった?っていうのとは齟齬があるなぁ…あの人、ほんまにわしのこと好きだったってのは分かっとったんやけど…わしみたいなちんちくりんが何でも出来るあの人と釣り合う自信が無かったんよ。だから別れた」
「えっどうやって別れたんですか」


そこが一番重要なポイントなのに何でそこで一呼吸置くんだクラウドさん。
昔のクラウドさんは正に今の私だ。ノボリさんに告白された時も、クラウドさんと何ら変わらない理由の元で付き合いを承諾したのだ。偶然の一致にしては出来過ぎてはいないかと考えたが、今の私にクラウドさん程頼りになる人はいない。


「ん…約束すっぽかしたり、作ってくれたお弁当食わなかったり…手繋がんくなったり…き…キス拒否したったり…」
「えー…」
「しゃーないやん…当時のわしはいたいけな純情ボーイやったんや…こんな抵抗ちまちまする位しか思いつかんかってん」


今も純情じゃないか…ボーイではないけど…。


「そしたら向こうも色々悟ったのか此処に転勤さしてくれたわ。地元離れるのは惜しかったけど此処での暮らしも仕事も充実しとるし…」
「転勤っすか…」


もし仮にクラウドさんのような振る舞いをノボリさんにしたとして、クラウドさんと同じ末路を辿れるとは思えない。


「友達はどんな感じなん?」
「いやぁ…クラウドさんとほとんど変わらない状況でですね…」
「ほんまに…?そらしんどいわぁ…」
「な、何か…アドバイスは無いんですか…」
「アドバイスぅ?んなもん簡単や!!体に触れない、誘いは断る、目を見ない!これで相手は嫌でも自分が拒否られてることってことに気付く!完璧や!」
「………………」
「何やぁその顔」



そんなものであのノボリさんがあっさりと私に別れ話を持ち掛けてくれるかどうか、それが問題だ。


だってあの人は、いつだって肝心なところで鈍い。



わたしがしずかに生きるためにひつようなこと