pkmn | ナノ
どこからともなく昼を告げる時報がギアステーションに響き渡る。やっと昼休みだ。今日は一段と忙しかった気がする。清掃はもちろんのことだが、まさか迷子を保護するとは思わなんだ。迷子はなかなかの暴れん坊で、丁度電車から降りたクラウドさんと出会っていなかったら私はどうなっていたのだろうと考えるとそれだけで疲労感が増してくる。多分今頃疲労で精神的に死んでた。よろよろと関係者以外入ることの出来ない廊下を歩いていると前から歩いて来た人から声をかけられた。

「ようなまえ!お疲れさ〜ん」
「あ、クラウドさん!お疲れ様です!さっきは本当にありがとうございました…」
「そんぐらいどってことないわ。気にせんといて。しっかし散々やったな」
「はい、まぁ…おかげ様で髪型ぐっちゃぐちゃですよ」
「しっかし珍しいもん見たなぁ。ピカチュウなんてここらじゃそんな見られへんぞ。良い体験したやないか」

あそこまでやんちゃ──いや、凶悪といった方がいいだろう──なピカチュウもそんなにいないと思うんですけどね。引っ掛かれたことにより出来上がった赤い三本線をなぞりながらそう言うとクラウドさんは「せやな」と笑った。全然笑い事じゃないんですが。

「そういやピカチュウはどうなったんです?」
「あぁ、ピカチュウなら──」


「わたくしが預かっております」


突然後ろから飛んできた言葉に私は反射的に背筋が伸びるのを感じた。後ろを振り返ったクラウドさんが「ボスやないですか」と片手を挙げるのを視界の隅に入れながら、私もゆっくり振り返る。そこには私達の上司であり、このバトルサブウェイの頂点に立つ人間であり、敬うべき存在にあり──そして、私と恋人関係にあたるサブウェイマスターのノボリさんがいつもの仏頂面を引き連れて立っていた。

「クラウド、トトメスが貴方を捜していましたよ」
「え、ほんまですか?何やろ…ほなまたななまえ。午後も気張ってこうや」
「はい、クラウドさんも」
「ボス、失礼します」
「ええ。午後もしっかり頼みますよ」

クラウドさんは私にひらひら手を振るとトトメスさんを捜しに地下の方へ降りて行ってしまった。そして私はノボリさんと二人きりになる。ノボリさんはきょろきょろ辺りを見回して誰もいないことを確認すると私の耳元に顔を寄せると口を開く。顔が近い。

「お昼になっても来ないので心配しておりました」
「……すいません」
「なまえが謝ることではありません。……痛そうですね」

手袋を被った彼の手がさっと私の頬をなぞる。私を見下ろすその目には確かに心配の色が見えているが、そこまで心配する価値が自分にあるのか分からなかった。大股で一歩下がり、「大丈夫ですから」と言えばノボリさんは「でも、」と何か言いかけた。私が少なくなった昼休憩の残り時間を言えば渋々納得したように頷く。その表情に私の良心が痛むがこの際そんなことはどうでもよかった。私は一刻も早くこの人と距離的にも関係的にも離れてしまいたい気持ちの方が大きかったのだ。

「それでは…行きましょうか」
「……はい」

行き先はサブウェイマスターの二人が使っている車掌室だ。付き合いを承諾したその日、彼が一緒に昼食を食べることを半ば強制的に約束させられてから、ノボリさんの業務が忙しくない日以外は一緒に食べている。ノボリさんはゆっくりと手を差し出してきたが、「一人で歩けますから」と断り先に歩き出す。ノボリさんを傷つけているのは充分分かっている。でも、彼が私を好きな理由が全然分からないのだ。私よりも可愛い清掃員はたくさんいる。バトルサブウェイを出ればノボリさんに好意を抱いている人だってたくさんいるだろう。それなのに何で私を選んだのか。

何で私なんだろう。

ノボリさんは少し早足で私の隣に追い付くと横目で自分を見つめる私の顔を見下ろして微かに表情を綻ばせた。ノボリさんは優しい。私のことをいつもこうやって気にかけてくれる。
だからこそこの状況が辛くてたまらない。

ぐるぐる回るぶつけようのない気持ちを飲み込むように私は一つ大きく息を吸い込んだ。

もやもや、ぐらぐら、わたしは浮いている

匿名さんからのリクエスト。どうもありがとうございました!
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