羊飼いの憂鬱 | ナノ
アーチャーさんに案内されたのは猫のような小さな人達が経営する喫茶店だった。
店内は物静かな雰囲気で、なかなかお洒落な感じで、しかも穴場のようだ。適当に窓辺の席へ座り、珈琲を頼む。彼も私と同じく珈琲を頼んでいた。

「ここの珈琲は美味しいと評判なんだ」
「そうなんですか。なかなか良さそうな喫茶店ですね、ここ。今度から来ようかな」
「ああ、是非そうするといい」

にこりと端整な顔で微笑まれ、私は思わず目を逸らして「そうします」とだけ答えた。顔が整っている異性に微笑まれるのは心臓に悪い…。ギルガメッシュさんの場合、あれは微笑ではなく嘲笑だ。庶民王になるべくアパートの一室に降り立ったあの人は今頃一体何をしているんだろうか。目が痛いと言った彼にレンジで温めた濡れタオルを瞼に押し付けて出たのはいいが、大人しくソファーで寝転がっているかどうか問題だ。ちゃんと言っておけば良かったかもしれない…。

「……どうかしたか?」
「…いえ、何もないです。今度の仕事の休みはいつだったかなって」
「そんなに忙しいのかね?」
「最近色々と出費が嵩むんでシフト大量に増やしたんですよ」
「それはまた大変だな」
「本当参ります…突然押しかけてきて我儘言うし、訳分かんないですよ…あ、愚痴っちゃってすいません」
「…?いや、構わん。我儘と言えば凛も私に無茶ばかり言うのでな。そろそろ自分のことは自分でして欲しいものだ。今日だってこんな買い物を頼まれるしな」
「…アーチャーさんって遠坂さんの恋人みたいですよね」
「っ?!違うっ!断じてそうではない!どうして今の話からそんな極論が出るのかちゃんとした理由を千文字以内で説明してくれることを希望するぞ!」
「みたい、って言っただけで恋人だとは一言も言ってませんが…」

私の言葉にアーチャーさんは暫く黙りこんだ後、「……そうだな」とだけ言った。それ程に遠坂さんの恋人だと認識されるのが嫌なのか。普段どのくらい彼女から良いように扱われているのかが垣間見れた気がする。

「そ、そういう君こそどうなのだ?君の口ぶりからして誰かと暮らしているようだが」
「…恋人なんかじゃないです。本当に、本当に不本意ですから。混み合った事情があるんです。誰が好き好んであんな金ぴか住ませるんですか」
「…金…?何だか…思い当たりがあるような…」

アーチャーさんが訝しげな表情を浮かべる。その時頼んでいた珈琲が運ばれてきたので、一旦会話は仕舞いとなった。なかなか濃い味だ。ほろ苦い匂いを堪能しながらほっと一息つく。
ああ、とても平和だ。
ギルガメッシュさんの我儘に振り回されている最中ではあるけれど、こんな静かな時間を過ごすのはやはり良いものだなとしみじみ思う。
リラックスしてお互い楽に気が抜けた所で再び談笑に浸り、アーチャーさんが面白おかしく話す遠坂さんのドジ話を聞き終え肩を震わせたところで私は口を開いた。

「たまにはこういう息抜きもいいですね」
「そうだろう。……あー…その、何だ…お互い大変みたいだが…君に時間が出来た時に、どうだ。またこうして珈琲でも」
「いいですね。アーチャーさんといても気まずくならないし。沈黙が痛くないから楽です」
「……そうだな、私も君といると──……失礼、電話だ」

突然電子音が鳴り響き、アーチャーさんは眉間に皺を何本も作りながら懐から携帯を取り出した。通話ボタンを押すと同時に私にまで聞こえてくる怒声を発しているのは紛れもなく遠坂さんだ。彼はやれやれといった表情で携帯を耳から遠く離し、そしてその怒声が静まるまで私に呆れた微笑を見せていた。

『──ちょっと聞いてるのアーチャー?!返事くらいしなさいよ!』
「……ああ、聞いてるとも。買い物を頼まれはしたが、何も道草を食わずに帰れなんて命令はされていなかった筈だがね」
『買い物したらすぐ帰ってくるのが普通でしょーが!今何してんのよ!場合によっちゃ怒るわよ!』
「既に怒ってるではないか」
『人の揚げ足取るのは上手いんだから!』
「ふぅ………全く、いつもこんな風なのだ。参ってしまう。酷いと思わないか?」
「まぁ…遠坂さんらしいんじゃないですかね」
『…アーチャー、あんた誰かと一緒にいるの?』

アーチャーさんは無言で私に携帯を手渡すと、顎で私が何か喋るよう促した。

「遠坂さんごめんね。私が引き止めちゃって」
『あらっ?名前?』
「うん」
『…へぇー、何だか意外ね。あんた達が…そんなに仲良かったっけ?』
「成り行きかな。…そろそろアーチャーさんに代わるね」
「──という訳だ。あと一杯飲んだら帰る。別にそれくらい構わんだろう?」

二言三言言葉を交わしてアーチャーさんは携帯をしまい込む。それから店員を呼んで珈琲のおかわりを頼むので私も同じく頼むことにした。

「何だか付き合わせるようで悪いな。是非奢らせてくれ」
「え?いいですよそんな」

断る私にアーチャーさんは「君と親睦を深めることが出来た記念に」と、気障な言葉を私に向ける。親睦か…こんなことをさらりと言えるのだから、女の人との付き合いはたくさんしてきたに違いない。まぁ女性経験豊富そうだし、第一こんな格好良い人を放っておく女性もいないだろう。

「…私の顔に何かついてるかね?」
「アーチャーさんて絶対女性の扱い上手いですよね。優しいですし」
「そうか?普通だと思うが…」

「親睦を深められた記念」なんて言葉普通さらっと言えないって…。
少し不思議そうな表情を浮かべるアーチャーさんの傍ら、猫目の店員がかしゃかしゃと音を立てながら珈琲の入った容器を持ってきたので、私は新しく注いでもらいながら仕事でのドジ話を披露することにした。