羊飼いの憂鬱 | ナノ

休みっていいな。休み最高。

最近家に四六時中ギルガメッシュさんが居座っているという何とも息苦しい状況下にいる所為か、心なしかここ数日疲労により顔色が悪くなってしまった私を見兼ねた店長がお休みをくれたのだ。あそこに勤めている限り、店長に一生ついていこうと思う。

いつぞやの八連勤はもう勘弁だけど。

いつもより若干遅く起き上がり、適当な服に着替えてから遅めの朝食をとって軽く携帯をいじる。当然の如くメールも電話もきていない。何もすることがない……あ、今日は一日引きこもって今まで積んでいたゲームでもやろうか。今こそクリア直前でやめてしまった、溜め込んだゲームを片付けるべきじゃないだろうか。



「おい雑種、ここにあったゲームはクリアしておいたぞ。新しく買って来るがよい」
「え、」
「全く、ゲームをクリアせずそのまま放置する者など、馬鹿以外の何者でもないな。まぁ貴様のような何処の馬の骨とも知れぬ雌が馬鹿以外の何者であっては今頃天変地異でも起きてるだろうが…まぁいい。この積み上げられたゲームは我を楽しませる為に用意したのだろう?貴様もなかなか気が利くではないか。少しは誉めてやろう」

今まで存在自体を無視していた──というより、空気の一部だと自分に言い聞かせてないものだと扱っていたギルガメッシュさんがDSを両手で持ちながら得意げな顔をし、私の今日の予定をぶち壊す言葉をお吐きになったので反応せざるを得なかった。
いや、朝起きてからこちらに真っ直ぐな背を向けて何してるのかな〜とは思ってはいたが、絡みに行くと精神的に疲労がたまるのは分かっていたのであえて声をかけなかったのに…くそ、何してるかだけでも確かめておけば良かった…。「ここにあった」とギルガメッシュさんが指差したその小さな箱には私が買ったDSソフトの全てが入っているわけであり──………つまり、全てクリアされてしまったということだ。クリア直前でやる気が失せたやつとかあったし…っていうか結構量あるのに全部クリアするなんてこいつは一体いつからプレイしていたのだろう。訊くのが若干怖い。

データを消去して一度やろうかと一瞬考えたが、私の顔を見たギルガメッシュさんは「このゲームに何か小細工してみろ。この小屋が一瞬にして塵と化すぞ」とジョークにしては笑えなさ過ぎるジョークをお言いになった。ので、私は何も言う気になれなかった。ソファーに座ってDSの画面を見つめるギルガメッシュさんの横隣の床に先程取ってきた新聞を片手に座り込む。隣に座れば「王と同じ場に座るとは何事か」と蹴落とされるのは分かっていた。ソファーが背もたれになって特に疲れはしないが長時間こうしていると尻が痛くなってくるのがいただけない。新聞を開きながら「何のソフトやってるんですか」と尋ねれば、無視されるかと思ったが「星のカービィとかいうやつだ」とまともな返答が返ってきた。

「なかなか愛い生物であった」
「あー、あれか。どのコピー能力好きです?プラズマ使いづらいんですけどかっこいいからつい使っちゃうんですよね」
「…何の話をしている?」
「え?コピー能力の話ですけど」
「コピー能力?何だそれは」
「…………ギルガメッシュさん、もしかしてずっと敵を吸い込んで、吐き出して倒してたんですか?」
「それ以外に敵を倒す方法などあるはずがなかろう。これだから雑種は…」


こ、これだから馬鹿は……。

取説ぐらい読めよ!隣に何冊も積んであるのが見えなかったのか。
溜息をつく金髪に、逆にこっちが溜息をつきたくなる。…メタナイト戦はちゃんとナイトの状態で戦ったんだろうか。彼の場合戦いが始まった瞬間能力解除してしまっていそうだ。

メタナイトを倒した過程を尋ねようと口を開いた瞬間、右肩に衝撃が走る。何かと思えば彼の右足だった。足の親指が頬に思い切り突き刺さり、首を引こうと試みるも今度は左肩に左足がのしかかり、がっちりと首が固定された。何がしたいんだこいつは…。顎に足を当てられ、そのまま私は頭をソファーに預ける形になる。いつも見ているギルガメッシュさんの顔が、逆さまに視界に映った。彼のルビーにそっくりな真っ赤な目が私の黒いそれとばっちり合う。

「少し疲れた。我に何か飲み物を持ってこい」
「えー…水かお茶でいいですか」
「そんなものを我に飲ませるのか?そんなことをしようものなら串刺しにしてこの町の目立つ場所に晒すぞ。午後を過ぎてからしか飲むことの出来ぬ特製の紅茶だ。あれを持ってこい」
「午後ティーですね」

ギルガメッシュさんの命令をきくのは非常に癪ではあるが、今日の晩御飯のおかずも考えなければならないし、スーパーにでも行ってこようか。大概の飲料水はコンビニだと高いというのもある。「買い物行ってきます」と言えばあっさりと足が肩から下りた。もしかして買い物に行かなければずっとあのままだったんだろうか。

「それとあれだ、白粉を雪と見立てたそれを大福とやらに塗した冷たい菓子を買ってこい」
「雪見だいふくですね。今の時期にあるかな…っていうかギルガメッシュさん雪見だいふくなんか食べるんですか」
「庶民の生活を知る時に食す機会があったのだ」
「そのぐらいでいいですか?」
「今日はこのぐらいにしておいてやろう。あまり過度な要求をすると雑種の財力はすぐに傾くと言っていたしな。我の慈悲深い行いに感謝するが良い」
「じゃあ行ってきます」
「早くしろ……──ちょっと待て」

財布を片手に出て行こうとドアノブに手を触れるか触れないかの内に制止の言葉が降りかかり、私は後ろを振り返った。そこには目に手をあてたギルガメッシュさんがいた。

「どうかしました?」
「…目が痛い」
「はぁ。寝ればいいんじゃないですか」
「お前はどれ程気の遣えない雑種なのだ。どうにかしろ。王の一大事なのだぞ。王に何かがあれば全力を尽くして王を手助けするのが下の者の役目であろうが」

どうにかしろって言われてもな……自業自得じゃん…。


***


音を立てながら通り過ぎていく秋風に、私は軽く身震いをしながら歩いていた。これならマフラーをしてきた方が良かったかもしれない…。首元が冷えて仕方ないのだ。そろそろ本格的に秋になってきたことを実感しつつ、遠方に見えてきたスーパーを確認する。店内の中、少しは暖かいといいんだけど。




一通り買い物を済ませ──午後ティーはどの味がいいのか分からなかったので一応全種類買ってしまった──店内を出ると、どこか見覚えのある後ろ姿が視界に映る。
…よく遠坂さんと一緒にいる人だ。
少ししか話したことはないが、長身と浅黒い肌、それから綺麗な銀髪がとても印象的だった。私と同じく買い物をしていたのか、片手にはスーパーの買物袋がぶら下がっている。……声をかけようか。…いや、でもほとんど話したことのない人だから、多分気まずい雰囲気になること間違いなしだ。それに、向こうが私を覚えていない可能性だってあるわけだ。

声はかけなくていいか。
そう思っていると、視線を感じたのかその人はくるりと後ろを振り返り、私を見た。ばっちりと目が合い、その鋭い視線から心臓が掴まれた気分になる。その人は少し目を見開いて驚いていたようだったが、すぐにその表情を隠し、代わりに優しい微笑を浮かべながら私の方へと近付いてきた。黒のワイシャツがとても似合っている。

「君は衛宮士郎の…名前と言ったか」
「あ、えっと、…どうも」
「私と同じく買い物帰りかね?」
「はい。少し頼まれ事をされたもので」
「そうか。私も凛に使いを頼まれたのだ。相変わらず人使いの荒い奴で参ってしまう」

そう口では言いながらも唇に笑みを浮かべているので、そんなに嫌ではないのだろう。

「ここであっさり帰るのも何だか癪だ。君さえ良ければ少し話でもしないか?……──いや、君も頼まれ事をされていたんだったな。早く帰るといい。声をかけて済まなかった」
「…いえ、是非ご一緒させて下さい。私もあの人のこと少し困らせてやりたいんで」

ギルガメッシュさんのことだからきっと怒るだろうけど…少しは気分転換をしたって許される筈だ。雪見だいふくは生憎売っていなかったから、急いで帰る必要もない。
私の言葉に彼は何か言いたげな表情を浮かべるも、何も言わず「行きつけの喫茶店があるんだ」と当たり前のように私の手を取った。どうやらエスコートしてくれるようだ。こういう行いになれていない私は思わず赤くなってしまう。それを見て彼は、ギルガメッシュさん程ではないが、にやりと意地の悪そうな笑みを零した。

「そういえば私は凛やアレから君の名前は聞いていたが、君は私の名前など知らないだろう。……アーチャーと呼んでくれ」
「(…アレ?)アーチャーさんですね」

………アーチャー、といえば。
サーヴァントのクラスで弓使いに当たる名前がそのような感じだったような気がする。ともすればこの人はセイバーさんやギルガメッシュさんと同じ英霊なのか。マスターは、やはりいつも一緒にいる遠坂さん辺りなのだろう。

「ああ、よろしく頼む」
「こちらこそ」

繋がられた手に幾らか力を篭めると、ぎゅっと握り返された。