羊飼いの憂鬱 | ナノ
「衛宮の知り合いだっていう人が私のところに押しかけてるんだけど、この人本当に衛宮の知り合いなの?」

衛宮士郎の元にそんな電話がきたのは学校が終わり、さあ帰ろうと席を立った時だった。
ズボンのポケットに入っていた携帯が小刻みに震え、画面に映る相手の名前に士郎は珍しさを感じる。

小学校から中学校まで共に学生時代を過ごし、今は自分のバイト先の従業員である名前がこんな時間に電話なんて初めてのことだ。ましてや用件ならほぼメールで送ってくるのが常である彼女が、一体どうしたのだろうか。不思議に思いながらも通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。
挨拶をする間もなく唐突に放たれた名前の言葉に、思わず眉を潜めどういうことかと尋ねた。挨拶もなく用件を切り出すのは彼女らしくもない。
ききたいのはこっちだと少しばかり苛立ちが含まれた言葉の後に、名前は先程起きた出来事を淡々と説明した。
それから、自分の知り合いだと名乗り家に侵入してきた謎の外国人の特徴的な容姿を上げていく。名前の言葉を耳にしていくにつれて、士郎は頬に冷や汗をかき、それからごくりと固唾を飲んだ。彼にはその非常識な人物に嫌なくらい覚えがあったのである。


……何でギルガメッシュが名前のところにいるんだ?


そんな疑問が頭に浮かぶ。魔術の存在を知りつつも──と言ってもこれは昔から士郎が行っていた魔術の修行を見ていたからだが──聖杯には一切関係のない彼女と古来の英雄王が、どうして。
考えても埒が明かないのは明白だった。とりあえず電話越しの名前に「今から行くから待っててくれ」とだけ言い、一方的に通話を切る。
英雄王には何か考えがあって名前の元に行ったのだろうが、その思惑が凡人たる士郎には考えつく訳もない。
携帯の電話帳から自宅の番号を探し当て、階段を飛ばし飛ばし駆け降りながら早く繋がれと念じる。
途中、遠坂凛に声をかけられた気がしたが立ち止まる暇はなかった。後で文句を言われることは目に見えている。事情ならその時にでも話せばいい。まずは一般人である名前の安全確保が優先だ。

ギルガメッシュは一般人が相手でも何をしでかすかは分からない程に厄介なサーヴァントだ。
上靴を乱暴に脱いでいる途中、ようやく繋がった電話に士郎は少しだけ安堵する。何かを食べているのか聞こえづらい声に少し緊張が解れるのを感じながら、彼は口を開いた。

「セイバー、困ったことになったよ……」