羊飼いの憂鬱 | ナノ
命の危険が迫るのは本日数度目だ。外していたヘルメットを被り直し、少し体を詰めてギルガメッシュさんの腰に手をまわす。ギルガメッシュさんは子供体温なんだなと場違いなことを考えて、

「ふん。我のライディングテクを甘く見るな!」

……精神年齢が子供だったことを思い出す。
避けるスペースがないくらいにこちらに向かってくる剣を減速もせず、やすやすと避けていく様にアーチャーさんは撃つ手を休めず「貴様、この時代にきて何にはまっていた」と尋ねる。アーチャーというからには弓引きには腕が立つのだろう。それでも一向に当たる気配がないことに彼は若干苛立っていた。

「何もかもだ!」


それ答えになってないですよ、と言う暇もなくコーナーを曲がり、そのまま一直線の道に踊り出た。右に見えるは延々と広がる田んぼ。左に見えるは太陽の光で一面に輝く海。長閑で心安らぐ景色だが、今は爆走中なので落ち着こうにも落ち着けない。

アーチャーさんによる剣の一斉射撃もギルガメッシュさんの高度なライディングテクの前には意味がないことを悟ったのか、あっさりと助手席に戻っていく。彼には嘘を付いてしまったから、このレースが終わったらちゃんと謝らないといけない。
隣に並んできた遠坂さんはサングラス越しに私達を睨みつけ、どや顔で運転しているギルガメッシュさんに狙いを定めると形の良い口を大きく開いて怒鳴り込んできた。


「あんたら選手じゃないでしょ?!私達の勝ちなんだからね!」
「このカーブでもらうぞ!」

遠坂さんの言葉を聞いていた上で無視したのか、運転に夢中で気付かなかったのか、何処までも我が道を走るギルガメッシュさんは「我達の勝ちだっ!」と咆哮する。

「…あ、そういえば衛宮とセイバーさんってどうしたんですかね」
「知らん。きっと早々に離脱したんだろうよ」




田舎の景色も過ぎ去り、段々とよく見慣れた町並みが見えてくる。途中参戦にも関わらず、誰も止めにこない辺り私達は参加者の一員として扱われているのかもしれない。きちんと正規コースを走っていないのに参加を許すとは、だいぶいい加減な運営者だなと少しばかり呆れてしまう。

『さあ、いよいよコースも大詰めです!』
『このまま何事もなく終わって欲しいですね』

「……実況してるのって大河さん?」
「ああ、あの道化か」


そうだそうだ、そうだったと頷き道路を走るギルガメッシュさんは大河さんとも知り合いらしい。
…大河さんが運営に協力してるならこのずぼらな運営状態にも頷ける。

『トップで最終コーナーを立ち上がってくるのは、…きたっ!…ギルガメッシュ選手!ほぼ横一直線!僅かにリードしていますが外車の運転を難無くこなす遠坂選手もまた負けていないーっ!』


……相変わらずテンション高いな。


「楽しかったぞ小娘!なかなかやるが所詮貴様は一生うっかり娘だ!」
「何ですって?!」
「聞けよ名前。こやつの家系は代々『うっかり』のドジが抜けなくてな…」
「やめなさーいっ!いいこと名前、こんな成金の言うことなんか信じちゃ駄目なんだから!」
「挑発に乗るな、凛!」
「………」

ゴール手前で何やってんだこの人ら。
ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた傍ら、後ろからよくデパート屋上のアミューズメント施設でよく流れる軽快な音楽が聞こえてきた。それはどんどんと近付いて、振り向けば見慣れた二人の小さな姿が視界に映る。言い争いをしていた三人も異変に気付いたのか可愛らしいライオンの遊具に跨がるセイバーと衛宮の姿を捉え、驚愕の表情を浮かべた。二人が乗っている物については最早何も言うまい。

『こっ…このメロディーはライオン号だぁーっ!』

衛宮は雄叫びを上げながら必死に何か──多分片手に溢れんばかりに持っているのは小銭だ。金貨を、ライオン号と名付けられている遊具に設置されている小銭入れに、小銭を素早くとっては入れとっては入れを繰り返していた。その顔は真剣そのものだ。

「え、衛宮ちょっと怖いんだけど…」
「セイバー!あんた達一体どうして…っ!」

「定期預金を解約してきたんだ!セイバー、これから食事は……お茶漬けだけだああっっ!!」
「ぐっ…うおおお!!」

「………」

女らしからぬ叫び声を出して泣きに泣くセイバーさんに共鳴したのかは知らないが突然ライオン号の目は光り輝き、それと同時にライオン号は一気に加速し始める。

「あー…やばくないですかね」
「ふざけ過ぎだ!この畜生がっ!」

このままいけば間違いなく衛宮とセイバーさんの勝利だろう。お茶漬け生活しか残されていない彼らの勝利──それは構わない。構わないが、ギルガメッシュさんがわざわざ(多少のエゴは含まれているものの、)私の為に何かしてくれるのはこれが初めてだ。これはどうにかして勝たなければ臍を曲げてしまうだろう。そうなるとかなり面倒臭いことになる。衛宮には非常に申し訳ないが、私は優勝をもぎ取らなければならない状況にあった。


「ギルガメッシュさん、あれ使います」
「! 構わぬ。前に言った通りだ。お前が良いと思ったタイミングで使え!」
「じゃあお言葉に甘えて…」

「名前、あんた一体何を……」

遠坂さんの言葉には反応せず、片手で膝下の辺りにある正方形のガラス板の蓋を開ける。

「いきますよ」
「ああ、しっかり掴まっていろよ!名前!」

何の躊躇いもなくスイッチを押せば、バイクはライオン号よりも数倍勢いよく加速し出した。遠坂さんの乗る外車や衛宮の乗るライオン号をあっという間に引き離し、実況がこの状況を熱く語り、叫ぶ。ギルガメッシュさんが「これが我らの勝利だ」と笑いながらゴールテープを切る様子は、間近で眺めていても、ただのどこにでもいる青年にしか見えなかった。