羊飼いの憂鬱 | ナノ
外から聞こえてくる鵯の鳴き声をBGMにしながら蜜柑の皮を剥いていると、私の隣に敷いてある布団がもぞりと動いた。ちなみに今は午前九時半だ。布団に包まれている彼、ギルガメッシュさんにしては珍しく寝坊である。まあこの場合は不可抗力とした方がいいんだろうか。

昨夜、セイバーさんの拳をもろに喰らったギルガメッシュさんはそのまま起きる気配が見えなかったので、セイバーさんが私が引きずってきた布団に彼をたたき付けたのだ。多分これでだいぶダメージが蓄積されてしまったのではないかと予想する。あの時のセイバーさんは何か無駄に輝いてたし、日頃の恨みが溜まっていたのかもしれない。

そしてソファーに寝転がろうとする私に「英雄王と一緒の部屋で寝られるのは困るので私とベッドで寝て下さい」といつの間にか出していたエクスカリバーを片手に誘ってきたので、当然断ることも出来ず──一緒に寝た。
今後一生かけてもこんな美少女と一緒のベッドで寝る体験なんてしないだろう。我ながら運が良いかもしれなかった。


「ん……」
「おはようございます」
「うむ──…?鼻筋が痛むな…」
「今日冷えたからじゃないですか。ほら、冷えたら鼻痛くなるじゃないですか」
「若干体が鞭打ちになっているような気がするのだが…」
「寝違えたんじゃないですか」
「…そうかもしれん」

納得したように頷くギルガメッシュさんは、どうやら昨日セイバーさんに殴られたことが記憶からこぼれ落ちているようだった。そっちの方が都合がいい。黙っていた方が賢明だろう。

皮を剥いたお陰で黄色くなった指をティッシュで拭き取り、一つずつ大事に食べていく。布団の上に座り込むギルガメッシュさんは暫く蜜柑を食す私を見ていたが、何も言わずゆっくり口を開いた。それに黙って二つ程蜜柑を放り込んでやれば、お礼の言葉もなくもごもごと口を動かしながら立ち上がり、居間を出て行く。少し経って戻ってきたギルガメッシュさんは不機嫌な表情になっていた。

「……おい、セイバーは何処だ?」
「帰りましたよ」
「何っ!」
「衛宮に朝早く戻るよう言われてたらしいです」
「何故…何故起こさなかった…!」
「起こしました。起きなかったのはギルガメッシュさんじゃないですか」
「たわけ!起こす者の意識を覚醒させねば起こしたことにはならんわ!」
「役立たずな雑種を頼る方が悪いんじゃないですかね」
「…ふん。まあ良い。帰ったのならば会いに行けばいいこと」

いちいちどや顔で決めるの好きだなこの人。
反応するのが面倒臭かったのでそのままシカトを決め込むことにする。ギルガメッシュさんも特に反応は求めていなかったらしく、何も言わずにソファーに座った。

蜜柑の皮を丸めて台所の方に持っていき、そのまま朝食の準備をすることに決める。ピラフの残りと軽く目玉焼きを作るぐらいでいいだろうか。

「ふぅ…」

セイバーさんがいた所為か、無意識に気を張っていたようで体が少し疲れているみたいだ。ギルガメッシュさんが来た時はそんなことなかったのに、少し不思議な感じがする。


「………?」

物音がしたので振り向けば、いつの間に白くゆったりした上着からいつものライダージャケットに身を包んだ英雄王が腰に手を当てて私の方を見ていた。いつも外出する時の格好である。

「出かけるんですか?」
「うむ。飯はいらん」
「分かりました。あ、鍵は持ってますか?」
「ん……ああ、持っている」
「お気をつけて」

彼は適当に返事をしてすたすたと居間を出ていく。行き先は私には関係ないが、多分セイバーさんの所だろう。その証拠に顔がうきうきと輝いていた。あれはセイバーさんに関係する物事にしか見せない笑顔だ。


セイバーさん、ギルガメッシュさんもいなくなり私だけが部屋に残される。ギルガメッシュがご飯を食べないなら別に作らなくていいか。格段に腹も減っていない。先程食べた蜜柑でだいぶ膨れてしまっていた。

「(…………寝よ)」

欠伸によって出てきた生理的な涙を拭い、寝室まで行くのが面倒だったので、ギルガメッシュさんが使ったまま放置していった布団に身を落とす。
シングルベッドに二人で寝て窮屈だったこともあるが、そんなに気心の知れない人間と並んで一夜を過ごした所為であまり寝た気がしなかったのだ。少し乱れているかけ布団を引っ張って、肩まで持ってくる。布団には微かにギルガメッシュさんが移した体温がまだ残っていたので心地好い。きっとギルガメッシュさんは(本当は私のだけど)「我の布団を使うな!」とか言って怒るだろう。でも自分の布団をきっちり管理しない方が悪い。とりあえずギルガメッシュさんが帰ってくる前までに起きればいい話だ。重くなった瞼に抵抗することなく、眠気に身を任せる。思っていたより疲れていたらしい身体は直ぐさま眠りの世界へと沈んでいった。