羊飼いの憂鬱 | ナノ
ぎっしりと食べ物が詰まれていたタッパーの山はほとんど空のそれになってしまっていた。どこをどうしたら目の前の小柄な少女が持つ胃袋に入っていったのか。もぐもぐと食べる経過を見ていた筈なのに、あの量が本当に収められたのか信じることが出来なかった。しかも私とギルガメッシュさんの食事の量と比べて何倍も量があったのにも関わらず、時間差を感じさせずに完食してしまっている。セイバーさんは現代に生きるヒト型のカービィなのだろうか……以前ギルガメッシュさんを追い出した時のお礼として安易に食事の準備を申し出さなくて良かったと今更ながら思う。

「ご馳走様でした」

両手を合わせ、しっかりと頭を下げながらそう述べるセイバーさんは、見た目は日本人と見間違えるわけではないが、とても日本人に見えた。今時こんなに礼儀がなっている人もいないもんな。嫌な世の中である。

「──それじゃあ…本題に入らせていただいてもよろしいですか?」
「まだ食後のデザートを食べていません」
「あ、はい」

…最近色んな人にペース狂わさせられてる気がするんだけど。私と向かい合うように座っているギルガメッシュさんは私と同じく暇なのかソファーに寄り掛かって目を瞑っていた。今ここで写真を撮って、それを売ったとしたら面食いの人達が食いつきそうだ。そう思う程度にギルガメッシュさんは美しかった。美しいって罪だ。

タッパーの山から探し出したらしいプリン一パックを少しニヤけながら開封するセイバーさんを見て、そういえば、と考えつく。セイバーさんから話を聞かずともセイバーさんを私の所に送り込んできた張本人に問い質した方が何倍も早い気がする。何で早く気付かないかなと自身の閃きの悪さに溜息を吐いた。

「すいません、ちょっと電話してきます」
「分かりました。どうぞごゆっくり」

プリンを片手にセイバーさんはキリリと真っ直ぐな視線を私に向ける。堂々としたその姿は、どちらが家主なのか分からなくなるほどだ。



居間から寝室に向かい、しっかりと扉を閉めてからベッドにぽつんと置かれている携帯を手に取った。リダイヤル機能を選択すれば見馴れた名前がずらずらと所狭しに表示されたことに苦い思いを抱きながら通話ボタンを押して携帯を耳元に当てる。
一定な電子音が繰り返されるのを待ったが、無音状態が続いた後に私の鼓膜を震わせたのは声変わりを終えた優しさがたっぷり含まれた声ではなく、名前も顔も知らない女性の声だった。
…衛宮ってシフト今日この時間帯に入れてたっけ…?



「もう電話は終わったのですか?」
「ええ、まあ」


居間に戻り、不思議顔のセイバーさんをそのままにして冷蔵庫に貼り付けているシフト表を確認してみれば、今日の衛宮はシフトが入っていなかった。なんだ?ただ電源入れてないだけか?でも授業中とバイト勤務中でなかったら連絡を入れれば奴は必ず応答するのだ。電源が切れて充電の真っ最中なのか、故意に電源を落としているのか。後者である確率の方が高い。ていうか絶対わざとだろ。

「ナマエ、デザートも無事完食したので本題に入らせていただきます」
「! はい」

先程まで座っていた場所に戻ると、タッパーを風呂敷に包んでいたセイバーさんの真面目な視線が私に向けられる。なんだか緊張するな……。
ギルガメッシュさんはさっきの体勢のまま目だけを開けてセイバーさんを見ている。

「私がこちらへやってきた理由は、マスターであるシロウが命じたからです」
「ですよね」
「我の顔を見たくてやって来たのではないのか…?」
「…で…衛宮は何で貴女をこちらに?」

衛宮のことだから大方ギルガメッシュさんと二人で暮らす私のことが心配だとかそんなだろう。ファミレスで話をした時もあまり納得していなかったし。

「英雄王に振り回された貴女がストレスで体調を崩していたり、英雄王に性的関係を迫られていないか調べてきてくれないかということです」
「ギルガメッシュさん信用されてないんですね」
「こんな雑種の体を弄りたくなるほど女に飢えてなどおらんわ」
「…そういうことなので一泊ここでお世話になってもよろしいですか。貴方達が普段どのような生活を送っているのか確かめるようにも言われました」
「…構いませんが」

衛宮は私のお母さんか!
少々過保護気味ではあるが、こんな私を何の見返りなしに心配してくれている人間はほとんどいないに等しいので、心の中でそう突っ込んで終わらせることにする。

ちなみに何で今日なのかといえば、明日は私が休みなので丁度いいよな!ということらしい。私のことを考えているんだか考えていないんだか分からん。

「そうか、つまりセイバーは我と一夜を共にしたいと……そういうことなのだな?」
「セイバーさんの話を歪曲して解釈すればそうなりますよね」
「ナマエ、エクスカリバーで此処を更地にされたくなければ英雄王の言葉は無視することを推奨します」
「はい」

この年でホームレスになるのはきつい。

「では…突然押しかけて申し訳ない。不束者ですが短い間お世話になります」
「こちらこそ何もお構い出来ませんが」
「いえ、何もしなくていいのです。強いて言うならば先程貴方達が食べていたピラフを少々いただければ私は何も文句は言いません」

真剣な表情で涎を垂らしながら話すセイバーさんに、衛宮家のエンゲル係数が今現在どれくらい上昇しているのか、少し気になってしまった。