羊飼いの憂鬱 | ナノ
「飯はまだか」
「まだです」
「………」
「………」
「………飯はまだか」
「まだです………あ、」

炊飯器から甲高い電子音が台所から小さく鳴り響いたので、私は読んでいた雑誌をその辺に置いて導かれるようにそこへ向かう。そうすると、今まで床に張り付きながらテレビを見ていたギルガメッシュさんも起き上がり、私の後ろをついて来た。その行動は決して私の夕飯を手伝ってくれるわけではないのは分かっているので、気にしないことにする。


「今日はなんだ」


やっぱりそうだった。っていうかちゃんと主語言えよ。わかんねーよ。お前がなんだよ。


「えーっと、ピラフと卵スープ…とレタスに鳥ハム挟んだやつです」
「……ふん。また今日も貧相なものだな」
「じゃあ麻婆豆腐にしますか?今日のスーパーで素が安く売ってたんで大量にあるんですよ」
「そんなことすると貴様の体が穴だらけになるだけだが」

とか何とか言いつつ苦虫を潰したような表情を浮かべるギルガメッシュさんに内心ほくそ笑み、炊飯器の蓋を開ける。ピラフの良い臭いが私の鼻腔を擽った。自分で作っといて言うのもなんだが、美味しそうだ。


「準備が出来たら呼べ」
「あ、はい」


再び居間に戻っていくギルガメッシュさんを余所に、適当に棚から取り出した食器にピラフを盛っていく。スープはもうできているから温めるだけだし、鳥ハムに至ってはレタスの上にのせるだけだ。ガスコンロのスイッチを入れつつテーブルにピラフを持っていく。

──と、その時ピンポン、とインターホンが部屋に響いた。
…誰だ?

「誰だ、我の食事を邪魔せんとする不届き者は」
「回覧板かな…」

いや、でも回覧板なら昨日来てたし。そんな連日まわされてくるようなもんじゃないよな、回覧板は…。
だとすれば来客か。はたまた宅急便かもしれない。
ギルガメッシュさんが来た時もこうして誰だ誰だと悩んでいたなと思いつつ、一度つけたガスコンロの火を止めてから玄関の方に足を運ぶ。チェーンの確認をしてから「どちら様ですか」とドアの向こう側に声を掛けた。


「突然申し訳ない。セイバーですが」
「セイバーさん?──って、ちょ、うわ」
「セイバー?!セイバーか?!」

いつの間に私の後ろにいたギルガメッシュさんが扉の前に立っていた私を追いやりチェーンを外して扉を開ける。目にも留まらぬ速さだったので、止める暇すらなかった。扉を開けたその先には、何故か巨大な風呂敷を背負ったセイバーさんが凛とした表情で立っていた。

「セイバー!セイバーではないか!我に会いに来たのか?ふっ、安心しろ。心配せずとも我は貴様一筋だ」
「このような時間にすみません、ナマエ」

完璧なまでにギルガメッシュさんを無視している…このスルースキルは私も見習うべきかもしれない。ギルガメッシュさんはというと、セイバーさんがこうして無視していることに一切気付いていないのかべらべらと愛の賛美歌を口から垂れ流している。

なんか不憫だ…。


「お邪魔してもよろしいか?」
「はい、どうぞ。散らかってますが」

きっと断ったらギルガメッシュさんは怒るだろうことは充分な程に分かるので、何の用かは追求せず上がらせることにする。
……それにしても風呂敷でかいな…一体何入ってんだ。




私とセイバーさんは座布団の上に座り、ギルガメッシュさんはいつものソファーに腰掛けた。セイバーさんは背筋をぴんと伸ばしてとても綺麗な正座をしているので私もそれを見習うことにする。テーブルに置かれたピラフをガン見しながらセイバーさんは口を開いた。

「夕飯の準備中でしたか」
「あー…ええ…まあ、お気になさらず。それで…何か用があっていらっしゃったんですよね」
「とりあえず夕飯を食べてからお話します。私も夕飯を持ってきましたから」

そう言ってセイバーさんは風呂敷の結び目を解く。私は一瞬呆然とその積み上げられたタッパーの山を見上げた。
…タッパーだ……タッパーで山ってつくれるんだ……初めて知ったわ…。
ギルガメッシュさんは「相変わらずよく食べるのだな!愛い奴だ」と多分褒め言葉に相当するだろう言葉を発している。

「ご一緒してもよろしいか?」
「勿論だセイバー!おい雑種、早く飯の準備をせんか!」
「あーはいはい」

言われなくともやるから…。
座布団から立ち上がり、台所の方へ向かう。一度止めてしまったガスコンロに再度火を灯し、冷蔵庫からレタスを取り出しているとギルガメッシュさんの催促する声が飛んできた。

「おいまだか」
「…少しは待とうとか思わないんですか…」
「英雄王、貴様は待つこともできないのか」
「……ふん。…雑種、早くしろ」
「ナマエ、私もお腹が減りました。なるべく早くお願いします」
「…………」



………………何だかなぁ。