アイミー、ラブユー | ナノ
「やっぱあそこのネタはどれも活き良いよね」
「そうだな。久々に美味い物を食った」

少し膨らんだお腹を撫でながらギルガメッシュに話し掛けると、彼は爪楊枝をくわえながら満足そうな顔で私を見下ろした。「御馳走様」と礼を言えば「王たるもの、この程度のこと造作もないわ」と得意げに返される。


夜もすっかり更け、午後十一時をまわっていると教会周辺には人っ子一人通ることもない。気休め程度につくられた車庫にバイクを仕舞うギルガメッシュを待ち、二人であのネタは油がのっていて美味しかっただの何だかんだと話しながら教会の裏口まで歩いた。
明かりはついておらず、話し声はおろか、物音一つしない教会は少し不気味だ。いつもなら綺礼かギルガメッシュのいずれかがランサーを虐めて、ランサーの怒鳴り声が聞こえて喧しいのだが。


無言、無音と三点リーダが幾つあっても足りないくらいに静かだ。



「…………」
「…………」


ギルガメッシュと互いに顔を見合わせ、無言の攻防戦を繰り広げた結果は、言わずもがなだ。寿司を奢ってもらった私がギルガメッシュに敵う筈もなかった。

無言でギルガメッシュに促され、恐る恐る手を伸ばす。…が、私がドアノブに触れるよりもいち早く扉が開く。
思わず後ずさる私を追いかけるようにゆらりゆらりと一歩ずつ歩くその姿は、さながらバイオハザードに出てくるゾンビを連想させた。





「よォお二人さん……オレを犠牲にしてまで食った寿司は美味かったか…?えぇ…?」

海のように青い髪はボサボサとあちらこちらに飛び跳ね、その整った顔や程よい肉体には細長い赤線が何本も走り、季節外れのアロハシャツはびりびりに破れ。血とはまた違う系統の瞳は血走り。


今までにないくらいクー・フーリンはずたぼろのボロ雑巾だった。


「おお!暫く見ない内にえらく男前になったな、狗!」
「う〜ん、ありがとねぇ〜?ギルガメッシュくぅ〜ん。テメーと顔合わせたの二時間ちょっと前くらいなんですけどねぇ〜?」
「ランサーそれってもしかしなくても…その…」
「うん〜、名前ちゃんの言う通り、あの腐れ外道神父様にやられたんですよ〜」


駄目だ。ランサーめちゃくちゃ怒ってる。「ハハハ、いい様よ!ランサー!」と笑っているギルガメッシュ相手にゲイ・ボルグ持ち出しちゃってる辺りかなりブチ切れてる。

「チクショーッ!何でオレばっかりいつもこんな目に合わなくちゃならねーんだよ?!っつーかあの言峰なんだよ!なんか若返ってるし、喋んねーし、めちゃくちゃ素早いし!猫耳だし!!コエーんですけどッ?!」
「我に八つ当たりするな、雑種ハーフめ」
「……その綺礼はどこにいんの?」
「あ? あー…多分自室戻ったんじゃねーの?知らねえ」

ランサーから詳しく事情をきくと、私とギルガメッシュに見捨てられたその後、綺礼はランサーと目が合うなり飛び掛かってきたらしい。引っ掻いてくるわ、噛み付いてくるわで酷かったそうで。一通り暴れて疲れたのか満身創痍のランサーをそのままに居間を後にしたらしい。

…やっぱりランサーを残すのはまずかったよな。猫と犬だし。


「オレも寿司食いたかった…」
「仮に付いてきていたとしても貴様に使う金は一銭もないから自腹だぞ」
「名前には奢ってやったんだろ?何でそうやって名前は特別扱いなんだよ」
「まだ二十歳じゃないからな。王が子供相手に強請るなどそんな行為するわけなかろう」
「意外にもまともな返答だな、オイ!」

「あの、私ちょい綺礼の様子見てくるわ。何処で何してるのか気になるし」
「うむ。では言峰の管理は貴様に任せるとしよう」
「だな」
「えっ、ちょ、何でいきなりそうなんの?」


ギルガメッシュの急な提案に、暴れていたランサーも動きをやめてうんうんと頷く。どうしてこういう時だけ息合わせるんだ。お前達は常に犬猿の仲の筈だ。そうやって私を犠牲にして自分は伸び伸びと綺礼に抑圧されない生活をエンジョイする気か。
先程ランサーにした仕打ちを棚に上げて憤る私をよそに、話はどんどん進んでいく。

「我にはあの言峰が悍ましいものにしか見えんしー」
「オレには攻撃仕掛けてくるしー」
「消去法でいくと名前、貴様しか適任はおらんわけだ。言峰も懐いているような感じだったしな!よし、決まりだ!」

「決まりだな!名前、頼んだぜ」
「………」

ギルガメッシュは話はもう終わりだ、と言いたげに靴音を鳴らして自室に向かい、ランサーはゲイ・ボルグをしまって笑顔を浮かべている。畜生何だよ寄ってたかって…そんなに私を虐めて楽しいか。
いや、まあ確かに消去法でいけば私しかいないのは分かるけど。まあ私も面倒見ようとは、思ってたけども………。
でも一人で世話見るのはちょっとばかりきつい。

「ひとっ風呂浴びるかー」と伸びをするランサーの背中に声を投げれば、不機嫌──というよりは恨めしい表情をした英雄がこちらを振り返る。

「あ?言峰の面倒は見れねーぞ」
「いや、それはその有様見たら分かるから。あのさ、明日から朝昼晩三食ホットドッグ出されるのとアメリカンドッグ出されるのどっちがいい?」
「…は?」
「嫌だよね。嫌なら助太刀程度でいいから世話するの手伝って」
「脅しかよ!」
「お寿司ならこの状況が落ち着いたら私がギルガメッシュに頼んで手配してあげるから、ね。ほんとお願い。買い物とかそういうのだけだし、綺礼の遊び相手になってもらおうとか欠片も考えてないし」
「………」

ランサーは無表情で後頭部をがりがりと掻いて私を見ていたが、溜息を一つついてゆっくりとこちらに近付いてきた。それから何故か傷だらけの右手を突き出してきた。
……何だ。
意図が分からないのでランサーの顔を見上げれば、「治せ」と一言漏らす。ああ、そういうことか。彼のやってもらいことを理解した私は筋肉が付いてがっちりとした腕に片手を置いて治癒を施す。瞬く間にランサーの顔や腕に付いていた無数の赤い直線は消え、ぼろぼろの服を除くといつものランサーに戻った。
体の状態を確かめたランサーはどこか考え込むような気難しい顔で私を見ると、何故かその奇抜な色のアロハシャツを脱ぎ始める。
ランサーの半裸ならもう既に見慣れたものなのでこれといって恥ずかしさはないけれど、先程からの突拍子な彼の行動に動揺が生まれてしまう。


「あの、ちょ、ランサー…?」
「これ直しとけ」
「…わっ」

勢いよくシャツを投げ付けられ、顔面にヒットした。これを直すのは至難の技だと思うんだけど…と難しい顔をする私に「無理なら似たやつ買ってこい」と声がとんでくる。

「あと寝る前に膝枕して耳かきしろよ」
「……さっきから何?」
「あ?オレがオメーの手伝いしてやる条件くれてやってんだろーが」

あ、成る程。
納得する私の表情を見てランサーは溜息をつき、もう一度がりがり頭を掻く。

「言っとくけど、さっき見捨てたことは当分忘れてやんねーからな」
「うん。私もぼろぼろのランサー見て『ちょっとやっちゃったな…』って思ったし、いいよ別に」
「…チッ。これだからオメーはよぉ…」
「わ、ちょ、やめて」

めちゃくちゃに髪の毛を掻き回され、ぐちゃぐちゃになった私の髪型を見たランサーはひとしきり笑うと私の頭に優しく手を置いた。

「オレは困ってる未来のマスターを見て見ぬフリするほど鬼じゃねーしぃ?まあ、オレに出来る範囲のことなら言えよな」
「うん、ありがとう。ランサーいて助かったよ」
「そりゃあ良かった」

ランサーはふっ、と笑いを零してそのまま居間を出ていく。前を見たまま、ひらりと手を振って。…うーん、やっぱりランサーは兄貴だ。あんな兄ちゃんが欲しかった。ランサーは常日頃私にマスターになれと煩いが、これを機に少しは考えてもいいかもしれない……考えておこう。

あ、そうだ。そういや綺礼は何処に行ったのだろう。捜しておかなくては。一人残された居間を出て、とりあえず綺礼の自室に向かってみることにする。
外には多分行っていないだろう…この季節は寒さの嫌いな猫にとって好ましくない季節である筈だ。
こんこんと二回ノックをして、ドアを開ける。真っ暗なので電気を点けてみたが、誰もいない。おかしい。猫は自分の住み慣れた場所に戻るんじゃないのか。…猫なんて飼ったことないから習性とかよくわかんないけども……。

一応一通りの場所──書斎やら、お風呂(ランサーがいたので洗面所だけ)やら、ギルガメッシュの私室(ギルガメッシュは猫みたいに丸まって寝てた)やら、はたまたトイレまで覗いてみたが、何処にもいない。
脱走してしまったのか?と最悪の可能性を考えたが、そういえばあと一室見ていなかった所があることに気付いた。


私の部屋だ。


……いや、あの綺礼が私の部屋に来るわけないだろ…。猫になる前だってほとんど入られることがなかった私の部屋に来る筈がない。っていうか一緒に暮らしてる綺礼よりランサーの方が私の部屋に出入りしてる率が多い。確実に。

まあ、とりあえず駄目元で見てみよう。いなかったらランサーにお願いして捜してもらおう。猫になっても綺礼とランサーの魔力パスは難無く繋がっているようだし。
小走りで私室に向かい、ノックもなくドアを開ける。丁度月明かりが部屋の中を照らしていたので、電気を点ける必要はなかった。
私の部屋はこの教会にある部屋の中で一番日当たりが良いのだ。日中はぽかぽかと温かい日差しが入り、夜中はカーテンを閉めない限りは月光浴を楽しむことが可能な部屋。

そんな良い条件の部屋に、綺礼はいた。


「(ま、まじで居やがった…)」

怯む私をよそに、綺礼は私のマイベッドでギルガメッシュのように体を丸めて眠っていた。一定のリズムによって行われる呼吸は、彼が安眠している状態であることを示している。
綺礼が外に出ていなかったことによる安心から漏れ出た溜息は、彼に届くこともなく部屋に消えていった。
安心すると共に、ずっしりとした疲労感、眠気が私を覆っていく。そろそろ私も寝ようかな……。


………何処に?


「…………」

……今日は何処で寝ればいいんだろう。
綺礼は丸まって寝ているといっても人間の体であり、成人男性のそれだ。シングルベッドであるそこは半分以上占拠されてしまっている。端っこに丸まってくれていれば何とか寝ることも出来るが、綺礼はどーんと真ん中を陣取っていた。寝れないことはないが、寝返りは打てそうもない。窮屈な寝床になること間違いなしだ。
このまま起こさずに綺礼の部屋のベッドで寝るだとか、ランサーに手伝って綺礼を引きずり落とすとか方法がないことはなかったが、肉体と精神が「早く睡眠を摂れ」と訴えているので無駄に動くことはしたくなかった。


………まあいいか。別にこれは綺礼であって、綺礼ではないのだ。適当に寝巻きへと着替え、服はそのままに。ベッドに上がり、どうにか寝れそうな空間に横たわる。…きついが、寝れないことはない。どうせ熟睡しているのだし、とあらん限りの力を込めて綺礼の体を押せば、そんなに動きはしなかったものの、それとなくいいスペースが確保できた。一度ベッドから起き上がり、床にぶっ飛んでいた掛け布団を引っ張って持ってくる。綺礼は掛け布団の中に隠れてしまっていた。寝苦しいだろうが、寝苦しかったら身じろぐくらいするだろう。多分。


「……おやすみ、綺礼」


もとより返事なんてものは期待していない。

一つ寝返りを打ち、そのまま綺礼に背を向けるようにして、私は瞼を下におろすことにした。