アイミー、ラブユー | ナノ
やはりこのソファーは私好みの坐り心地だ、と居間に被害がない喜びを感じ、現実逃避に近いことを考えながら私は台所の荒れ果てた惨状に目を背け、代わりにこの場にいる人物に視線を向けた。
右隣にはギルガメッシュが足をがばりと開きながら腕を組んで座っており、テーブルを挟んだその目の前には足を組んだマジカル紙袋が、煩わしいのか先程から紙袋をがさがさと触っていた。ランサーは少し前に私のベッドに運んだ為、この場には不在だ。まさかマジカル紙袋が運ぶのを手伝ってくれるとは思わなかったので拍子抜けだった。案外優しい人なのかもしれない……ランサーに対する言動は酷かったけど…。



それから、と私は向こう側で床に転がったままの人物に視線を向ける。綺礼は一向に目覚める気配がない。俯せで顔は窺えないが、普通の人間には生えてはいけない動物耳がひょこりと存在の主張をしていた。…今は目覚めない方がいいかもしれない。何度見てもえげつなさを感じる言峰綺礼の猫耳に何とも言い難い気持ちになりながら視線をマジカル紙袋に戻す。ギルガメッシュも彼女も黙ったままだ。だいぶ精神的にきてしまっているらしい。そりゃあな…中年男の猫耳とか誰得だよって話だ…私も今の綺礼は少し勘弁したい。私は綺礼に萌えなど求めてなどいない。どちらかと言えばかっこよさを求めているのである。時折誰かが重い溜息を吐き出す空間の中、最初に声を上げたのはマジカル紙袋だった。

「…………まさかこんなことになろうとは。思わぬ失態でした。このカレン・オルテンシア、一生の不覚…」

名前、名前言っちゃってるよマジカル紙袋。隠し通すつもりなんじゃなかったのか。そう言うもマジカル紙袋はぼんやりと紙袋を触ったままだ。ショックでそれどころではないらしい。かなり重症だ。

「…一泡食わせるつもりが我達が一泡食わせられているではないか…吐き気がするぞ。誰かセイバーを呼んで来い」
「…猫耳が人を選ぶもんだってことは充分に分かったよ。分かったからマジカル紙袋さん早く綺礼から猫耳ちぎって下さい」
「残念ながら…それは出来ません」
「何ィっ!?」

マジカル紙袋の答えに勢いよく立ち上がったギルガメッシュは青ざめた顔でテーブルごしからマジカル紙袋に掴みかかろうとするが、彼女は俊敏な動きでそれを避けると綺礼の傍に近寄りどこからともなくステッキを取り出した。
マジカル紙袋は何か小さく呟き、ステッキを綺礼に向けるが何も起こらない。ステッキをしまい込んだ彼女は溜息をつきがてら話し始める。

「すぐには解除出来ないのです。もっと魔法をかけることは可能ですが……ご理解いただけましたか、名前」
「え、えー…そんな…有り得ん…」
「有り得ないことは有り得ないということか…今ようやくグリード兄貴の言うことが理解できたぞ…」
「………魔法はいつ頃解けるんですか」
「程よい長さです」

こ、答えになってねー!自分の使う魔法のことをあまり分かってないのにそんなにほいほい使うなよ…!このまま綺礼から猫耳がとれないようなら私はどうすればいいんだ…死ぬしかないじゃないか…私も綺礼も……………話が飛躍し過ぎたな…。



「……もうちょっと若かったらまだ見れるものになったかもしれないのにね」



ふと思った呟きにマジカル紙袋は勢いよくこちらを振り向いた。…な、何か変なこと言ったか私…。一人焦る私にマジカル紙袋は私の両手をがしりと掴み、紙袋の穴から見える満月のような金の目をキラキラと輝かせながら「それは良い案です」と言った。良い案なのかは分からないが、ギルガメッシュも「今よりは見れる姿になるだろうな」と私の案に賛同する。

「今よりも多少はマシになるでしょう……よし、ちちんぷいぷい外道神父よ若返るのです!」

私から手を離したマジカル紙袋は再度ステッキを取り出し、綺礼の方にそれを向けた。途端に綺礼は猫耳が生えた時と同様煙に包まれる。私とギルガメッシュが咳込みつつ見つめる中、煙は暫くの間漂っていたがようやく晴れた頃になるとギルガメッシュは一目散に綺礼の元へ駆けて行く。そして仰向けにひっくり返すと、髪が短くなっている綺礼の顔を覗き見て少し考え込むような仕種をした。私も綺礼の前にしゃがみ込み、彼の顔を窺う。
そこには私が初めて彼と出会った時の、若々しく、そしてどこか色気めいたものが漂っているあの姿があった。

「こやつは十年前くらいの綺礼だな」
「うん……すごくかっこよかったよねあの頃の綺礼」

…今もかっこいいんだけどね。

「愉悦の追求をする様は何とも我を愉しませてくれたものよ…しかしこの猫耳はどうにかならんのか」
「無理だって…でもこの綺礼なら猫耳似合うね。ちょっと可愛いな」

私の言葉にギルガメッシュと今まで黙っていたマジカル紙袋は「それはない(です)」と声を揃えて返す。

「名前、決して言峰綺礼が可愛いなどということは例え空から槍が降ろうとも有り得ないことです」
「えー…」
「しかし言峰綺礼に猫耳を生やしただけではこのクソ神父のことですから何も苦にはしないことでしょう」

マジカル紙袋の言葉は確かに一理ある。……あー…ギルガメッシュとランサーの反応を見てニヤついてるのが安易に想像できるのが何とも…。

「これでは綺礼の思うツボではないか!おい紙袋、何とかするのだ。貴様は綺礼に一泡食わせる為に来たのであって我や名前に一泡食わせるつもりではなかろう」
「チッ…分かってますとも。言わずともやりますから黙っていなさい金ぴか。…そうですね………猫耳状態の間は理性がない状態にしましょう」
「えっ!そんなことできるの?」
「私を甘く見ないで下さい、名前。魔法は魔術と違って万能ですから。……そしてその理性がない間、名前、貴女は綺礼に本来の奴が相手ならば絶対に出来ないことをするのです。個人的には凌辱を推奨しますが…それは名前に任せるとしましょう」

本日四回目になる魔法を綺礼に使用したところで、マジカル紙袋は居間の方にもステッキを向けて一瞬の内に酷い有様だった台所を直すと「では失礼します」と言って部屋を出て行こうとする。慌てて引き止めれば彼女は首を傾げて私を見つめてきた。

「綺礼が元に戻るまで此処にいられないの?」
「ええ。名前は既に分かっているでしょうが、私は未来から来た人間ですから長くこの時間にはいられません。どうかこのろくでなし神父…ろくでな神父に一矢報いて下さい」
「え、えーと……ありがとう?」
「いいえ。お気になさらず。この時代の貴女もなかなか好ましい。それではまた時がくれば再び参りましょう。その時まで…アリーヴェデルチというやつです」
「アリ…?」

そう言ってマジカル紙袋は颯爽と部屋を出ていき、そのまま忽然と姿を消してしまった。
………何とも不思議な魔法少女だったな。彼女の言う未来はどれくらい先で、そして私と彼女はどのような関係を築いているのだろう。未来になれば分かるだろうけど、やはり気になるものは気になる。…気になったって答えを知ってる本人はもう元の時代に戻ってしまっただろうから知る由も無いが。

私と彼女のやり取りを黙って見ていたギルガメッシュはふと思い出したかのように私に視線を向けてきた。

「おい名前、貴様腹は減いてはおらんのか」
「あー…そう言われれば」

一応床にぶちまけられた饂飩は容器の中に戻ってはいるが食べるのは気が引けるし、食べようとは到底思えない。金色の彼は「外に繰り出すぞ」とだけ言って私の腕を掴んでくる。えっ…ギルガメッシュは試合観戦しながらちゃんともりもり食ってたじゃん…どんだけ食う気なの…。

「ていうか綺礼はどうするの…このままだとヤバいことになりそうじゃん」

理性なくしたらしいし。
私の言葉にギルガメッシュは鬱陶しそうな顔で椅子にかかっていたライダースジャケットを羽織りながら面倒そうに話す。

「そのままで良い。どうにかなる。狗が何とかする」
「ランサーまだ目覚めてないし…」
「黙って我について来れば良いのだ。行くぞ。寿司は好きだろう」
「はい、好きです」
「では行くぞ。支度の時間を与えてやる」

ギルガメッシュはバイクのエンジンをかけてくると先に外へ出て行った。

もしランサーの目が覚めた時、既に綺礼も目覚めていたらどうしよう。でも私はお寿司が食べたいのである。まあどうせ綺礼の理性の箍が外れたっていってもランサーに命の危険が迫るなんてことは有り得ないし…そもそもランサーは英雄と謳われるクー・フーリンだ。ギルガメッシュの言う通り何とかなるか。
適当な上着を着込んで準備をしてから、倒れたままの綺礼に近付く。今の綺礼も好きに変わりはないけれど、若い頃の綺礼もとても素敵だ。許容範囲になかったといってもいい猫耳もこの綺礼なら許せる。そっと頭を撫でるが欠片も反応はない。気絶してから平然と放置していた私が言うべき台詞ではないことは分かっているが、このまま床に放置したまま出かけるのは綺礼に申し訳ない気がしてきた。
この時の綺礼ならば何とかソファーの方に寝かせることくらいは出来るかもしれない…。そう思い、彼の肩に手を触れれば、今までずっと閉じたままの彼の瞼がゆっくりと開いた。