アイミー、ラブユー | ナノ
「それは出来ん相談だ」



即答だった。


ギルガメッシュはそれだけ言うと手元にある金色のDSに視線を落とす。前から思ってたけどこのDSは特注なんだろうか…いや今はそういうことに突っ込みを入れているところじゃない。教会に帰るなり居間のソファーでだらけていたギルガメッシュに頼み込んだものの、予想していた返答と違ったことに私はランサーと顔を見合わせる。

「何でさ」
「おっ前ケチだなー!王がそんなんで良いのかぁ?」
「我はケチなどではない!言峰に言われたのだ。今度貴様にプリンを買うことがあればその日から我の食事は麻婆豆腐にするやもしれぬとな。──許せ、名前。また今度だ」

視線はDSの画面に向けたまま、片手をすっと私の額に近付けそのままこつりと小突いてきた。漫画の読みすぎだ。十年前に初めて会った時と比較するとあまりにもそのオタクっぷりには呆れるというか感心するというか…。

「毎日麻婆豆腐か…そりゃあ仕方ねえな。名前、プリンは諦めろ。きっと縁がなかったんだよ」
「槍兵の言う通りだ。大人しく諦めるのだな」

二人の英霊に諦めろと言われるくらい今の私には冬木プリンという物は遠い存在らしい。ランサーに肩を叩かれ、私が口を開きかけると同時に台所の方から綺礼の夕飯を告げる声が響く。


「言峰ー、今日の晩飯は何だ?」
「煮込み饂飩だ。………何だ、帰っていたのか。てっきり今日は帰らないのだと思っていたぞ」

台所に顔をだせば、綺礼は少しだけ驚いた顔をして、それからすぐに無表情に戻った。ランサーとギルガメッシュは飯だ飯だとわいわいはしゃぎながら席に着く。私はそのまま突っ立ったまま綺礼を見つめた。食卓テーブルには饂飩の入ったお椀が「四つ」乗っている。

「………帰って来たらまずいことでもある?」
「──いや、別に?…饂飩が冷める。食うならさっさと食べるんだな」

「ただいま」の代わりに出てきた言葉はあまりにも刺々しい言葉で、素直になれない自分に心の中で罵倒を繰り返す。私の返した言葉に綺礼は薄ら笑いを浮かべながら答えると二人と同じく席に座った。

「名前、早く座れよ。さっさと食っちまおうぜ」
「…うん」


箸を持ったランサーに急かされ私は渋々綺礼の向かい側の席に座った。少し気まずいが、綺礼は私の気を知ってか知らずか涼しい顔で饂飩をすすり始める。

「……それじゃあ、いただき──」
「!…おい、ギルガメッシュ」
「ああ、分かっている。………誰だ?我の食事を邪魔せんとする不逞な輩は。隠れておらんで出て来るが良い」

箸を咥えたまま喋るギルガメッシュに英雄王という威厳の塊は欠片も見えない。いつの間にか戦闘服に変わり、箸の代わりに槍を構えて椅子に座っているランサーを横目に私は辺りを見回した。不逞な輩といえば思い当たる人物が一人いるのだが、私の見る限りその人の姿は見えない。何処かに身を隠しているのだろうか。


「──思っていた通り、姿を消すだけでは駄犬どもを出し抜くのは無理でしたか」


間近で声が聞こえ、振り向けば私のすぐ後ろで先程会ったマジカル紙袋が魔法ステッキを片手に仁王立ちをかましていた。美しいとしか言いようがない顔は紙袋で隠されている。何故紙袋なのかは謎だ。

い、いつから居た…?ステルス迷彩でも装備してたの?


動揺する私を見て、表情は分からないが彼女があの温度のない笑みを浮かべているような気がした。

「誰が犬だ!誰が!」

私の横でランサーが叫ぶ。どうやらマジカル紙袋はランサーのことも知っているようだ。マジカル紙袋は鬱陶しそうに手を振るとステッキを肩に担いでぽんぽんと軽く叩きながら喋り始める。


「貴方は毎度毎度『犬』というワードに反応し過ぎです、ランサー。少しは学習しなさい、駄犬。だから貴方はいつまで経っても死亡フラグから逃げ切れないのです。この負け犬が」
「だから犬っていうな!っつーか誰だてめぇ!」
「何者にもなれないただの魔法少女です。…とりあえず、私は今貴方に構っている場合ではありません。私が用があるのはそこで呑気に飯を食っているダニ神父です」
「──私にか?懺悔の言葉なら後で聞こう」

しっしっと押し返すような動作をした綺礼は訝しげな目でマジカル紙袋を見つめる。綺礼から見てもマジカル紙袋の格好は不審極まりないようだ。てっきり綺礼の中では許容範囲だと思っていたんだけども。
ふとさっきからギルガメッシュがやけに静かだったので視線をそちらに向ければ、奴は片手にお椀を持ちながら立ったまま饂飩をすすり綺礼とマジカル紙袋のやり取りを傍観している。行儀が悪い。

「懺悔をするのは貴方の方です、言峰綺礼。よくもまあ今まで散々と名前を虐め倒してくれましたね。今日は遠路遥々お礼参りにやって来ました」
「これはまた厄介な人間が来たものだ。ランサー、この不審者をここから追い出してやれ」
「えー…オレ的にはてめぇが言峰に天誅下す様を見てたいがなぁ…まあ仕方ねえ。大人しくしてくれや」
「お断りします」


その瞬間ランサーの体に赤い布のような物が巻き付き、あっという間にランサーの体は身動きが取れなくなる。敏捷の能力値がAの彼が避けることすら出来ない程の速さに思わず感心の声を上げれば、ランサーの突っ込む声が響いた。

「感心してる場合じゃねー!助けろよ!」
「ランサーが動き止められちゃうような人に私が敵う訳ないじゃん常識的に考えて…」
「おい金ぴか!」
「食事中に話し掛けるな」
「いっつもメシ中になったら話し掛けてくる奴に言われたかねー!!言峰、てめぇも攻撃するなり何なりしろよ!何でもサーヴァントがやってくれると思ったら大間違いだバカヤロー!!」
「煩いです、ランサー」

そのままランサーは布きれごと食器棚にたたき付けられて動かなくなってしまう。流石に今のは痛い筈だ。受け身もしていなかったし。
当の加害者は何でもないように「ランサーは気を失っているだけなので大丈夫です」と言いながら布を自分の手元に引き寄せた。全然大丈夫そうに見えないのは幸運Eの効能が働いているからだろうか。

「やれやれ……おいそこの紙袋。私に何か天罰でも食らわすつもりか?神でも何でもない貴様が何をしようというのだ?」
「戯言を聞いている暇はないです。覚悟」

マジカル紙袋がステッキを綺礼に向けたのと、綺礼が食卓テーブルをひっくり返すのはほぼ同時だった。小さな爆発音が部屋を覆い、饂飩がひっくり返り、コップやら箸やら何故かテーブルに置いてあった七味唐辛子が大きな音を立てながら床に落ちていく。私は綺礼がテーブルをひっくり返す直前、間一髪のところでギルガメッシュに引き寄せられた為に饂飩を頭から被ることも七味唐辛子を顔面に浴びることもなかった。まだ一口も食べていない饂飩が床にぶちまけられている。容器が瀬戸物ではなかったので耳障りな衝撃音はしなかったのは幸いか。いやいやこんな荒れ果てた惨状になってるのに幸いもクソもないか…。

小爆発が起こり、何かが斬り倒される音やら破壊音が絶えない中、被害が来ない場所へと移動して二人の様子を窺いながら考える。

黒鍵を取り出した綺礼は無駄な動き一つすらせずにマジカル紙袋の懐に潜り込み彼女の脳天を突き刺そうとするが、マジカル紙袋は難なくそれを回避してステッキを綺礼に向かって振りかぶった。特攻ならず攻撃にも特化してるようだ。最近の魔法少女って凄い。

…私は確かに綺礼に一泡吹かせたいな〜とか復讐してぇ〜とは思っていたがこんな波瀾万丈な展開は望んではいなかった…筈だ。ただ私は少し綺礼のあの小馬鹿にしているような顔を苦汁を舐めた時の顔に変えたかっただけなのだ。マジカル紙袋からは溢れんばかりの殺気が漂っているものの殺すつもりはないようだが、綺礼はどうやら本気で彼女を討ち取らんとしている。このままいくと死人が出る勢いだ…。事の発端、元凶は私である。死人が出たら私が犯人になる可能性が…これはまずい。かといって私がこの二人の仲裁に入れるかといえば、答えはノーだ。仲裁に入る私が死ぬ。切り札といえるギルガメッシュは「いいぞ紙袋!そのまま言峰に天誅を下してしまえ!我が許す!」とまあ饂飩片手にノリノリで観戦しているし、既に私に出来ることは何もないのかもしれない。こうなると分かっていたならマジカル紙袋にきちんと言うべきだった。


「…やはり一筋縄ではいかないようですね。ランサーはともかく貴方ごときにこれは使いたくなかったのですが仕方ありません」

ランサーを葬った赤い布を片手にマジカル紙袋はそう呟く。綺礼は黒鍵を構えて警戒を解くことなく、少しの間まじまじとその布を見つめて僅かに目を細めた。

「…それは…」
「言峰綺礼、これで終わりです。そしてこれが始まりの第一歩…」
「そうはさせん」
「遅いです」

綺礼が黒鍵を布ごと彼女を突き刺すよりも、彼女が布を放つ方が速かった。黒鍵は床に落ちる鈍い音が虚しく響く。綺礼は無表情な顔を浮かべ、どうにか巻き付いた布を引きちぎろうと少しもがいたが布はびくともしなかった。あの筋肉バカの綺礼ですらも破くことのない布は何なんだろうか。

何も出来ず、ただ事の成り行きを見ていると、ふと彼の何も感情の色が見えない目と視線がぶつかり合う。綺礼は少しの間黙っていたが、ゆっくり口を開いた。

「名前──」


「マジカルパワー!この外道で鬼畜であくどい神父よ残念な姿になぁれ!何かイロモノになると嬉しいです!私が!」

綺礼が何か言いかけたが、その言葉の続きはマジカル紙袋の声とふざけたSE音によって掻き消された。ステッキから放たれた光線をもろに喰らった綺礼は白い煙に包まれて姿が見えなくなってしまう。

だ、大丈夫なのかこれ…?

少し慌てて彼の元に近付こうとしたが、いかんせん煙の量が多過ぎて何処に何があるのか分からない。方向感覚が掴めなくなる程の視界の悪さだ。

「綺礼、綺礼ー?」

呼びかけてみるが返事はなかった。もしかして気絶してるんだろうか。後ろにいたギルガメッシュがこほこほと咳込んでいる。大丈夫かと声を掛ければ曖昧な答えが返ってきた。

「息苦しいな……ちょっと待ってろ。窓を開けて来てやる」

少しした後、窓の開ける音が聞こえ、徐々に煙の色が薄くなっていく。ようやくお互いの存在を視認出来るくらいになり、マジカル紙袋の足元でぶっ倒れている綺礼が確認出来た。…生きてはいるみたいだ。倒れている綺礼を見て、ギルガメッシュは嬉々として綺礼に近寄っていった。ダメだこの人目が輝いてる。めっちゃ輝いてる。そんなに綺礼が倒れたのが嬉しいのか。マジカル紙袋と意気揚々にハイタッチを交わしつつ綺礼の前にしゃがみこみ、高笑いを一つしたあと彼の顔を覗き込んだ。

「おーおー良い様だなぁ言峰よ!日頃の麻婆の怨み、…よ…………!?」
「綺礼!大丈、…夫……!?」

「んー、これは……」

マジカル紙袋ががさがさと紙袋を触りながら呟く。この場でそれを見た誰もが同じことを考えていることだろう。

「酷いな」
「酷いですね」

「……可愛くは…ない、わ」

気絶したまま物言わない言峰綺礼の頭には、本来ない筈の、とても似合わない猫耳が生えていたのであった。
ちょっと待てどうすんだこれ。