アイミー、ラブユー | ナノ
綺礼に出かけてくると言ったものの、本当は出かける予定なんてこれっぽっちもなかった。教会から遠く離れた場所でとぼとぼという擬音が似合うであろう歩行の仕方をしている私は行き場もなくただ彷徨っていた。惨めだ。限りなく惨めだ。私の姿に同情した人間がいるならどうか冬木プリンを献上して欲しい。振り返れば私はプリンを食べられただけで何故あんなに怒ったのだろう。すっかり怒りも冷めてしまった頭で考える。食い物一つで怒り狂うなんてどうかしている。人の物を食う綺礼もどうかしていると思うけど。暴言を捨てて教会を飛び出したので帰るという行為は酷く気が引けた。かと言って私は教会以外に帰る場所はない。何処かカプセルホテルに泊まるという手もあるが、財布は学校鞄の中だ。学校鞄は教会にある。今の私は無一文の貧乏人なのである。

適当に歩いていると海が見えてきた。……港だ。港といえばランサーだ。ランサーに事情を話したら彼は何と言うだろうか。少し小走りでいつもランサーが座っている定位置に向かう。そこには誰もおらず、彼がいないことで安心を覚えたらしいカップルがちらほらいる程度だ。甘い空気が周りに充満している所為で多少息苦しさを感じる。そりゃあそうだ。カップル達の中に独り身の人間が居座るなんて命知らずもいいところである。長居は無用だ。すぐに踵を返して元来た道に戻ることにする。
私にとって何処も安息の地ではない…これから何処に行こう。とりあえず最終的には教会に帰らなければならないのは分かっているけれど。今はまだ帰る気分ではなかった。綺礼と会うことに気まずさを感じる。どうしたものかと考えていると、突然肩を叩かれた。

振り返れば、私と同じ背丈くらいの美少女が立っていた。顔色は生まれてこの方日焼けを知らないのか、雪のように白い。それでいて頬に少し赤みがついている。目はギルガメッシュの髪色より少し薄い金色だ。絹糸の如く薄くて繊細そうな銀髪が潮風によってふわふわと靡いているのがますますこの少女の儚さを際立たせていた。プリキュアが悪役と戦っている時に着ているようなフリフリレースものでなければ、もっと幻想的だったろうに、首から下は残念極まりない。コスプレ好きなんだろうか。深く関わると碌なことになりかねない気がする。私のゴーストもそんなことを囁いているので間違いない。平静を装って「何でしょう」と尋ねてみる。

「貴女、何か心に重い悩み事を持っているのではないですか?」
「は?」
「良ければ私に聞かせてはくれませんか?いえ、聞かせるのです。そうしなければ面白くない」

そう言って美少女は少し笑みを零す。一見綺麗な笑みは、何故だか綺礼が笑った時の歪んだそれに酷く雰囲気が似ている。こんな見知らぬ他人にまで綺礼の共通点を探すなんて私は重症だ。

「何ですか突然…貴女誰ですか」
「私はただの通りすがりの魔法少女。お気になさらず」

気になる。すごく気になる。

「とりあえず場所を移しましょう。此処はあの駄犬がいないお陰でリア充の巣窟です。人気のない場所に行くことにしましょう」

美少女は私の手を引っ張ると歩きだした。抵抗しようにも、強く振り払えばこの華奢な体つきをしている美少女が怪我をしてしまいそうで躊躇われる。

駄犬…この人はランサーの知り合いなのだろうか。見たところ色んな意味で普通の生活を送っているとは到底思えない。ただ者ではないことは明白だった。まずいようなら魔術を使って逃げればいいかと判断し、特に抵抗せずに彼女の後ろをついて行く。

出会い頭に彼女は話を聞いてくれると言った。これが何よりも私を大人しく彼女についていく原因だったのかもしれない。もしかしなくても、私は誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。

まさかこれが思いもよらない事態にまで発展するとは、この時の私は欠片も思っていなかった。