アイミー、ラブユー | ナノ
人が幸せを得る方法は人によって様々だ。好きな物を買ったり、好きなことをやったり、好きな人と一緒に過ごしたり。具体的な例を述べるなら、麻婆豆腐を食べたり、趣味である釣りをやったり、恋人と街に繰り出してデート、エトセトラ。一般的な例はこんなものだろうか。これはあくまでも一般的な例であり、中にはそれだけでは幸せを感じることが出来ない人間もいる。物の破壊行為や、人に雑言罵倒を繰り返したり、生きる物の命を絶たせることで快楽を得る人間、そして他人の不幸を己の幸せだと感じる人間。前述した方法で幸せを得ることしか出来ない人間からして見れば理解し難いかもしれないが、それらを好む人間からすればそれが普通なのだ。
私はというと、好物を食べると幸せだと感じるし、時々釣りをするのも好きだ。好きな人と同じ時間を共有するととてつもなく幸せになれる。完全前者の人間だ。そういうわけなので、後者の──人間の不幸を幸福だ愉悦だなんだと言う人間が理解出来ない。



「それで?」
「だからね、綺礼が私がめっちゃ食べるの楽しみにしてたプリンを目の前で食べるのが理解出来ないの」
「そうか」
「うん。死ね」

学校も無事期末考査を終え、今日が終業式で明日から冬期休暇とうきうきわくわく帰ってきた私が台所に入り見たものは、外道と名高い言峰綺礼が私の冬木プリンを食べているところだった。説明しよう!冬木プリンとは冬木市にある有名なスイーツ専門店で売っている毎日限定二十個しか作られることのないプリンである。北海道産の牛乳を万遍なく使い、ほろりと苦さを感じつつも後に広がる甘さがクセになる特製キャラメルソース。卵は毎日生みたての卵を使用。そんな豪華なプリンの虜になる人間は後を絶たず、日に日に人気が人気を呼ぶお陰で毎日店には行列が並んでいるのだ。
義務教育は終わったものの、高校に進学したお陰で毎日学校に通わなければならない私が午前十時開店の店の行列に並べるわけもなく、毎夜枕を涙で濡らす日々だった。何とか並ぼうと学校を抜け出そうともした。呆気なく衛宮士郎に阻止された。寝坊ついでに並ぼうと決めた日はランサーに無理矢理担がれて学校へ運ばれる羽目になった。ランサー曰く、綺礼の命令だったので仕方なくやったんだそうだ。ランサーとは持ちつ持たれつの関係なので許してやった。そんなランサーに買って来てもらおうと頼むと、その日は必ずと言っていい程人が並ぶ。流石幸運Eは伊達じゃない。

そんな日が何ヶ月も続いたある日、突如私の前に神が舞い降りたのである。神──ギルガメッシュのことである。神というと奴はブチ切れるので心の中でだけそう呼ぶことにする。今日もプリンが買えなかったと嘆く私の前にギルガメッシュは「ん」と何ともなしに、海賊がワンピースを追い求めるくらいに私が求めてやまないプリンを差し出してきたのだ。プリンを両手で包みながら涙目で彼の話を聞くに、行列があったので何となく並んでいたら買えたらしい。ランサーとは大違いだ。断言しよう。あの時のギルガメッシュは私が今まで見てきた以上に王気が出ていた。それが昨夜のことだ。夜に食べるのは少々お腹が気になるので今日の今まで大事に冷蔵庫に保管しておいたのに、これは酷い。きちんとプリンの蓋に油性マジックで名前を書いていたのに関わらず食するなんて、こいつは真性の外道だ。前から分かってはいたけれど。


空になった容器をごみ箱に投げ捨てた綺礼はティッシュで口を拭いながら顔を顰めた。

「あまり美味くはなかったな」
「一口も食べてない奴に言っても何の効果もないこと分かってる?」
「くどかった」

ダメだ!話にならない!
おのれ…おのれおのれおのれおのれ…綺礼め…許せん…私がギルガメッシュならとっくに綺礼をバビっている最中である。ぎりぎりと歯ぎしりをする私に綺礼は目を細めて見つめてくる。その目は幸せの色が映っている。いかん。このまま怒りに打ち震えていれば綺礼の思う壺だ。奴はこうすることで私が怒り悲しむことを分かっているからこそプリンを食べたのだ。奴の計画通りに踊ってたまるか。深呼吸を繰り返し、一時的にでも何とか怒りを収めて綺礼を見上げると、彼は少し面白くなさそうな顔をする。ざまあみろといったところである。

「こんなプリンごときで怒るわけないじゃん。残念でした!」
「怒っていただろう」
「怒ってない」
「体を震わせるほど怒っていたではないか」
「怒ってないって!」
「ほら、もっと喚いてもいいのだぞ。プリン一つで怒り狂い、絶望する姿は実に愚かで美しい」
「あーもう…………ちょっと出掛けてくる」
「何処にだ」
「何処でもいいだろ麻婆バカ!豆腐に頭ぶつけて死ね!もう一回死んでこい!」

綺礼以上の腕力を持ち合わせていない私は言葉の暴力をぶつけることしか出来ない。親指で頸動脈を切る動作をして、綺礼の表情を確認することなく教会を飛び出す。小走りで教会の敷居を出て、ひたすら走った。

あそこで一度怒りを収めたのに、最終的には暴言を吐くことによって怒りを再爆発させてしまっていたので怒りを収めたのはあんまり意味がなかった。と、走る途中気が付いた。私は馬鹿である。

人の幸せを奪い、人の絶望を幸せとする。そんな幸せなんて理解に苦しむ。人として破綻している。意味が分からない。十年間生活を共に送っているお陰で私は綺礼の癖や性格はある程度理解しているし、それは綺礼も同じだろう。でも、幸せの在り方については未だに理解し合えないでいる。そこだけを除いて、私達は共に理解し合って生きてきた。

私は綺礼のことがよく分からない。
それよりもよく分からないのは、そんな綺礼に恋愛感情を抱いている自分自身だ。