羊飼いの憂鬱-another | ナノ
──声が聞こえる。


「如何にも凡愚な面を曝して眠るものだ。
──だが、それを傍らにして眠るのも、もう何度繰り返したことか…今暫く、その夢の中を彷徨うがよい」


「…………」



そして、視線を感じる。
じろじろと無躾な視線を。その視線を制するのも不可能というわけではないが、目を開けるのは何となく憚られた。何故ならふと意識が覚醒したところにギルガメッシュさんがぼそぼそと独り言を言っていたものだから、起きてこの場を壊してしまうのは気が引けたのだ。


とりあえず、凡愚な面とは何だとかいうのは置いておくとして。


お前が勝手に此処で寝てんだろ……。


っていうか。


いつもより口調堅苦しくないか?


突っ込みたいのを堪え、ひたすら眠ったフリを繰り返す。睡眠時の呼吸は一定で繰り返される為、少しでも乱せば起きていることがバレてしまう。落ち着いて、平常心を保て。何も考えず、再び眠りに落ちることが今の私の最重要事項だ。

軽く身じろぎ、寝返りを打つ。ギルガメッシュさんに背中を向ける形だ。これなら多少視界の自由は得られるし、自然な感じの寝顔を維持しなくても済む。


寒いフリをして、掛け布団の中に顔を埋めた。早く眠気がやってこないだろうか。私の眠気はどこに行ってしまったのだろう。手配書でも貼って捜したいところだ。
懸賞金は幾らくらいが妥当かなどと考えながら、羊が柵を飛び越える姿を想像する。別段眠くもならないし、逆に想像力を働かせたことで脳が活性化し、目が冴えてしまったような感じさえする。
本来眠い時に羊を数えていたのは日本人ではなく、英語圏の人間らしい。何故羊を数えていたのかといえば、英語で「眠る」──つまり「sleep」と、それと語感の似る「sheep」……「羊」を掛け合わせたある種の暗示なのだそうだ。あとはsheepの発音がリラックスに繋がるとかなんとかこんとかと、テレビでやっていた。
よって、実際には日本人が羊を数えたところで使う言語は日本語なので、意味などないのである。時間の無駄遣いである。羊を数えるよりは、もっとふかふかのものに包まれるだとか、深海に沈むイメージとか、そんな感じのものを考えた方が眠れるのではないかと思う。

そうこうしていると、ギルガメッシュさんの立ち上がる気配が。
トイレだろうか。
帰ってくる前に寝れたら最高なんだけど。…などと考えていれば、頭に何かが触れる感覚。
それは、そっと私の髪の毛を掻き分けて耳を引っ張った。
決して痛みを生じさせない引っ張り方は、普段私をぼこすかと叩く者の手つきとは思えなかった。



「寒いのか」



ギルガメッシュさんって結構独り言言う人なんだな。


「………」
「今日はとても冷える。名前よ。この我の慈悲深き行いに対する恩は、一生を賭して返すがよい」
「…?……ッ!?」


ペろりと掛け布団が捲り上げられ、ぎしぎしとベッドが軋む音が部屋に静かに響いた。ごそごそと入ってくるのは、誰でもないギルガメッシュさんである。

後ろから腹に手を回され、足には彼の冷えきった足が絡み付いてくる。首筋に鼻を擦り付けながら「やはり我の見込んだ通りだ…」などと満足げな声を上げる辺り…ギルガメッシュさんは、私が寒いから仕方なくベッドに入ってやったとかではなく。ただ単に自分が寒いから入ってきただけらしい。結局彼は自分本位であった。


「……ギルガメッシュ、さん」
「ん?もう狸の真似はやめたのか?」


バレてた。


「……ベッド壊れます。布団で寝て下さい。そして離して下さい」
「壊れたら買えばよいではないか」
「その金はどこから?」
「貴様から」
「それなら金の宝物庫を──」
「それは寝言か?寝言だな?」
「はい、寝言です。なのでお腹をつねるのはお止め下さい」


地味に痛いから。



「フン、寝言だと抜かすのならとっとと夢の中に帰れ。我はもう眠る」


ベッドから下りる気も私を離す気もないらしい。寝返りが打てないのが辛い。抜け出せないかと抵抗を試みるが、逆に先程よりも強く拘束されてしまった。脱出は無理そうだ。
彼が首筋に顔を埋めているお陰で、微かな吐息が首に当たって擽ったい。口呼吸じゃなくて鼻呼吸にしろ。この人のことだ。口呼吸が体に悪いことなんて、知らないんだろう。



「……ギルガメッシュさん」
「……………」


反応はない。
どうやら、先に夢の中に行ってしまったみたいだ。いつものことながら、改めてのび太くん並の寝付きの良さに感心する。ストレスもなく伸び伸びと生きていれば、そのうち私もこうなれるだろうか。
……いや、無理だ。
この我儘王がこのアパートに居る限り、私がストレスもなく生きられる生活は限りなくゼロに近い。


「…………」



いつから起きてたのは分からないけど。
ギルガメッシュさん、寒くて眠れなかったのかな。

さっきも思ったが、彼は足先が凄く冷たい。末端冷え症──…というわけではないだろう、多分。指先は温かかったから、違うと思う。末端冷え症は、手足同時に冷える、もしくは手もしくは足のみ冷える症状なのだろうか。よくは知らない。明日調べてみよう。



湯たんぽとか、うちになかったっけ。

…あっても、確かアレは衛宮邸だ。新しく買いに行かなければ、無いだろう。もし使ったら、ギルガメッシュさんのお気に召すだろうか。お気に召さなかったら私が使えばいい。
…あ、オディナさんにも使ってもらいたい。あの人、日本の文化に興味があるみたいだったし。


「…ん………」


ギルガメッシュさんの体温が、私に移っていく。身動きは出来ないけど、どこか心地好くて、徐々に夢の中へと引きずり込まれていくのが分かる。


こんなところ、オディナさんに見られたら大目玉喰らうなぁ。


見られた時の言い訳を手放しかけの意識の中で考えるも、ちょうど良い言い訳は、一つも浮かぶことなどなかった。


ゆっくり撫でられるような囁きは耳元で

C87 ARtapestry発売記念