羊飼いの憂鬱-another | ナノ
年末年始で放送されるテレビ番組ほど見る価値のないものはないだろう。あっても音楽番組くらいだ。まあ、そんな音楽業界も最近は廃れ始めているのか、あの手この手で金でモノを言わせている結果が現れているようで見れたものではないが。…そもそもそんなに音楽は聴く方でもないし、時々店やCMで流れる特徴的なフレーズを鼻歌混じりに口ずさむくらいで、熱を注いでもいない。
そんなわけなので、大晦日にふらりと寄ったゲームショップにて購入したバイオハザード5をやるぞ!という庶民王の言葉に異を唱えるわけもなく。ぼんやりとつまらないテレビを見るよりは、ああでもないこうでもないとぎゃんぎゃん言いながらゲームをする方がよっぽど有効的な時間の使い方だろうと思った私は、コントローラーを握りしめ、ゲーム画面を睨みつけていたのだった。火燵に篭ってゲームなんて堕落を極めているとしか思えないが、悪い気はしない。


「………うーん…」


「習うよりとっとと慣れろ」というギルガメッシュさんのいい加減なアドバイスにより、二人同時プレイが可能なこのゲームを何とかごり押しで進めている。

が。


「………まだ死なない…」
「…あと二発撃てば死ぬ。とっとと殺せ…おい、銃の構え方も忘れたのか」
「……えーっと…」

……一応説明書はざっと読んでいたが、頭では分かっていても敵を相手にしてはどこをどう押せばいいか一瞬で吹き飛んでしまう。しかも難易度はハードなので、一撃で体力は大きく減るわ敵の体力は無駄に多いわと余計に難しい。というか焦る。序盤だというのに大勢の人間…に模した怪物がどんどこずんずん襲ってくるのだ。あちらは最早捨て身と言っていい形で攻撃してくる上に、数が多い為に必ず一対複数というこちらが不利な状況に陥ってしまう。初っ端からこんなんだったら中盤や終盤はどうなってしまうのだろう。「このゲーム不向きです」と音を上げたものの、先程からヘッドショットを連発しているギルガメッシュさんは華麗にそれをスルーした。

ギルガメッシュさんは、初心者に厳しいお方だった。



「おい名前、さっさとそいつらを殺してこっちに来い!ランクが下がる!」
「行きたいのは山々なんですけど…!弾切れだしうじゃうじゃ居すぎてもう無理です!助けてください!」
「その程度の雑魚も倒せんで庶民王の臣下を名乗ろうなど言語道断!一人で対処しろ!」
「とか何とか言ってこっち戻るの面倒なだけですよね!」
「貴様の窮地を救う為に使う銃弾など勿体ない!」
「ナイフがあるでしょ、ナイフが!あっ、やだもうだめ死ぬ!」

頭から触手をうねうねと出している敵に頭を掴まれ、強制的なコマンド操作入力を必死にこなすも画面は「You are dead」とゲームオーバーを意味する英語が浮かび上がるのみであった。

あ、ああ…やってしまった…。

ゲームオーバーになった途端、隣を陣取る庶民代表は不穏なオーラを漂わせ始めた。


「……名前、貴様という奴は……我と会う今まで一体何をしていたというのだ。あのDSソフトの山は何だ?ありとあらゆるゲームをこなしてきたのではないのか?…我はこの瞬間まで貴様のことを過大評価していたようだ……この素人が、話にもならんではないか!」
「あのねえギルガメッシュさん。私こういうゲームは専門外なんですよ。DSだってこういう感じのアクションゲームほとんどないし」
「黙れ、庶民風情がっ!」


コントローラーをぶん投げたギルガメッシュさんは、やってらんねえと言わんばかりにテーブルに置いていたブランチュールの封を開けた。ちなみにパーティサイズだ。最近はあんな菓子類ばっかり食ってるというのに、おできの一つも出来ずすべすべお肌の彼は女子の敵である。


「食べ過ぎると虫歯になりますよ」
「ならん!黙れ、お母さん風情がっ!」


まさかの庶民からお母さんへとグレードアップだ。こんな我儘なひとが息子だなんて家庭崩壊コース一直線間違いない。やってられるか。

気付けばいつの間にかコンティニュー画面からスタート画面に戻っていたので、仏頂面でむしゃむしゃとお菓子を貪るギルガメッシュさんを横目で見遣り、立ち上がる。緊張した所為で喉がからからだ。水でも飲んで夕飯の支度でもしよう。そろそろ賞味期限の危うい卵があるし、伊達巻きでも作ってみようか。


生まれてこのかた作ったことはないけれど。


「…………」

新年だしお節料理でもパーッと頼んで食べよう!──なんて余裕は、最早この苗字家にはないのだ。度重なる食費、光熱費は、この数ヶ月で二人も住人が増えたお陰で、一人暮らしの時よりだいぶ跳ね上がっていた。セイバーの食費がバカにならないと泣き声を漏らしていた衛宮のことが、最近ではバカに出来なくなっているのである。オディナさんが細々と行っている内職も、ギルガメッシュさんの前では雀の涙だ。高級旅館を貸し切るより家賃を出せ、家賃を。


「あの、主…」
「はい?」
「…その……お渡ししたいものが」

冷蔵庫から口に入れても平気そうな食料を取り出していると、同じく火燵で黙々とゲーム観戦をしていたオディナさんが後ろに立っていた。いつの間に。
そわそわと身じろぎながら、あちらこちらに視線を動かすオディナさんはどこから見てもイケメンだった。でも不審極まりない。どうした。何だこの人と言いたげな私に気付いたのか、彼は慌ただしくズボンの尻ポケットから何かを取り出して私へと突き出した。
それは幼い頃、今の時期に親戚や…切嗣さんから頂いた物と同じ物だと見て間違いないだろう。親戚と会う度に「名前ちゃん明けましておめでとう、はいこれ」と渡された、働くこともお小遣を貰うことも出来ない子どもが狂喜乱舞し、一年かけてじわじわと使っていくお金・お年玉──の袋。またの名を紅包袋。干支に関係なくぽつぽつと描かれている動物の絵は、可愛いものより美しいものが似合う彼には不釣り合いに思える。

…それにしても、何故こんなものを私に渡す。


お年玉を凝視した後、オディナさんの顔を見れば、彼は真面目な表情で口を開いた。

「日本文化を学ぶ為にインターネットを活用したところ、このような文化があることを知ったので…これは主に渡せねばと」
「オディナさん、私もうお年玉を貰うような立場じゃないので…というかこのお金はあれですよね。給料からですよね」
「ええ、そうですが…何か問題が?」


雀の涙の人が何やってんだよ。
今月分の生活費は既に受け取っているし、洋服代や生活用品だってすぐに返してもらっている。私がオディナさんから金を貰う義理なんて何もない。それよか彼はいつも家事手伝いをしてくれているし、内職や日雇いバイトをして苗字家の家計を幾度も救っている英雄なのだ。「聖杯くんとそういう契約ですし、主に住まわせてもらっている身ですから」と、邪な感情を持つことなく言ってしまう、そんな人からこれ以上お金を絞り取ることなんて私には出来ない。むしろ私が彼にお年玉を渡す立場だろう。


「お気持ちは嬉しいですけど、自分の欲しいもの買った方がよっぽど有意義ですよ。気持ちだけ貰っときます」
「…主、オトシダマという文化は新年を祝う為に贈るものであり、俺は貴女を子供扱いしたから贈ったわけではありません。多少は日頃俺を傍に置いてくださるそのお心に感謝する想いもありますが…このディルムッド、主と共に新しい年を迎えることが出来たことに対する喜びと祝福を、未だ我が手中に収まるオトシダマに込めただけです。主は……ナマエ様は、それを踏まえても尚…貴女に忠義を尽くす俺の想いを、拒絶するというのですか…?」
「………」


……えー……………。


ちょっと待て何か話のスケールが若干でかくなりつつある気がする。なんだこの真面目な雰囲気。お年玉を受け取る受け取らないでこんなシリアス展開になるなんて誰が想像しただろう。お年玉を受け取らなければオディナさんの私に対する忠誠を受け取らないという意思表示になってしまう…つまり、私はこのお年玉を受け取る以外に選択肢はない。策士かよ。


「さあ、ナマエ様。どうかお受け取りください…」


ゆっくりと片膝をつけ、お年玉袋を私に捧げるオディナさん。客観的に見るとかなりシュールだ…。
まあ、いつまでもこうしているわけにもいかない。男らしい節くれだった手に収まっているお年玉袋を受け取ろうとすると、その可愛らしいデザインの袋は忽然と姿を消した。

原因なんて分かりたくなかったが分かっている。というか私とオディナさんの物が消える"原因"なんてこの人以外に有り得ない。


"原因"は片手にブランチュールを持ちながら、お年玉袋から紙幣を取り出してつまらなさそうに眺めていた。


「何をしているのかと思えば……ユキチが一人。ふん、くだらんな」
「え、英雄王っ…!貴様…返せ!それは俺が主に渡すユキチだ!」
「喧しい。お前の物は我の物。名前の物は我の物だ。よってこのユキチの所有権は我にある!」
「いやいや、ないですから。泥棒じゃないんですから返してください」
「おい名前。今夜は寿司を注文するぞ。このオトシダマでな」
「なっ…」
「は?」


どうしたらその唯我独尊っぷりを発揮出来るのか謎だ。どうしたらその人のものを自分のものであるかのように扱えられるのか謎だ。

…ギルガメッシュさんって何なんだ………あ、暴君だった……。

一度こうなったらよほどの弁が立たない限り彼は意思を変えない。反撃してもただで済まないことは、私もオディナさんも重々承知なのである。
言葉通り諭吉はギルガメッシュさんの手中に収まってしまった。
両手を床につき、わなわなと震えているオディナさんがこの世のものとは思えない声でギルガメッシュさんの名前を呼ぶが、当の本人はウキウキといった表情で金色のスマホをいじっていた。大方出前寿司のことでも検索しているに違いない。なんて野郎だ。盗人め。言峰神父の麻婆に頭から突っ込んでしまえ。


「オディナさん、すいません。私が早く受け取ってさえいればこんなことには…」

絶望しているオディナさんには敗北の二文字がよく似合っていた。これも幸運Eの効能が働いているのだろうか。恐るべし幸運E。しゃがみ込んで声を掛ければ、虚ろな目をした美丈夫が私に微笑みかけてくる。


「…………英雄王、の、前で、渡そう、と、した、俺の、自業自得、です、から」

どんな女の子も落とせそうな微笑みである反面、発せられた言葉は体の底から振り絞るようなその声に思わず顔が引き攣る。私がもっと的確な判断を下し、その場凌ぎでもさっさと受け取っていれば……後悔しても後の祭りだ。彼には悪いことをしてしまった。


「……ほんとすいません…」
「いえ…いいんです…あのユキチは主ではなく英雄王の元に運ばれるユキチだった。そう思うことにします」


寂しげな表情を浮かべると共に、私にしか聞こえることのない声が頭に直接流れ込んでくる。オディナさんは素知らぬ顔で立ち上がると『俺としたことが、貴女にオトシダマを渡すことばかり考えて、英雄王に奪われる可能性を頭に入れていなかった。これは俺のミスです』などと話しながら冷蔵庫から麦茶を取り出す。わざわざ念話を使って話すということは、ギルガメッシュさんには聞かれたくない内容であるということだ。「運命なら仕方ないですね」と返事をして私も再び冷蔵庫を漁ることにする。


『私もギルガメッシュさんのこと考えてなかったので…申し訳ないです。折角オディナさんが汗水垂らして手に入れたお金なのに』
『いいえ、お気になさらず。あげちゃってもいいぞ、という考え方でいきましょう。…主、代わりといってはあれですが……いつでもいいので一日俺に付き合っていただきたいのです。探索途中に見つけた美味しそうな珈琲の店とか、綺麗な装飾品のある店とか…色々あったんです。オトシダマを差し上げることが出来なかった分を、それで…』

ごくごくと麦茶を飲みながら、槍使いはちらりとこちらに視線を寄越す。
お年玉を渡す代わりに、一緒に出掛けようってことか。これを断ったら血涙を流しそうだ。ただえさえギルガメッシュさんにお年玉を取られてヤバそうなオーラ出していたのに、これ以上彼の心に傷を負わせるようなことは絶対にあってはならない。


『……分かりました。後でシフト確認しときます』


突然シフト表の確認なんてしたら、そこで偉そうに寿司を注文している庶民王様様に怪しまれそうなので、今はしない。オディナさんも何となく察したのか、『了解しました。今から当日のプランを練っておきます』と言って私の背後に立つと、その長い腕で麦茶をしまった。



「スシ、は俺が召喚された時に食されていたニホン食で間違いないですね?」
「ええ。…オディナさんは食べたことないですよね」
「はい。ここは気持ちを切り替え、主の為にスシを買った…という心持ちでこのディルムッド、新年も貴女に尽くして参ります!テーブル掃除はお任せください」


先程の内緒話で気力を戻したのか、輝きの有り余る笑顔でオディナさんは居間へと戻っていった。ギルガメッシュさんにブランチュールの袋を投げ付けられながらテーブルに散らかる菓子袋を片付けるその姿を見て、何となくシンデレラを思い出した。


オディナさんが当日のプランを考えるというのなら、私はいかにして当日のプランを滞りなく進められるかを考えるとしよう。オディナさんと街中を歩いて無事に終わるわけがない。ありとあらゆる女性から熱い視線と妬ましい視線を送られ、そして声を掛けられる。たくさん。私の存在などはじめからないかのように掛けられる。

楽しみだけど憂鬱だな……。

きっとプラン通りにいかず、女性という女性から逃れ逃れて終わる一日になってしまえば、きっとネガティブキングの座に居座るオディナさんは塞ぎこんでしまうに違いない。今までの経験からすれば、そうなる筈だ。


「おい名前。醤油皿の用意をしろ」
「……はーい」


……とりあえずグラサンにマスクは欠かせないだろうな。
不審者丸出しではあるが、今の時期だと風邪だのインフルエンザだので何とか誤魔化すことは可能だ。


マスクとグラサンだけで何とかなればいいんだけど……まだ時間もあるだろうし、寝る時に考えるか…。


食器棚を開いて、いつも醤油を注ぐ時に使う皿を探す。


「………あ、」
「…どうした」
「…………いえ、何でも」



醤油皿と適当に取り皿を手に取って、静かに食器棚の戸を閉める。「俺が持っていきます」と買って出た家政夫に皿を渡せば、彼は不思議そうな顔で私を見下ろした。


「…?主、醤油皿は二枚しかないですが」
「ああ…………わざわざ皿に醤油注ぐの面倒なんで直接取り皿に注ごうかと」
「成る程」



近々組み立てられるであろうプランの中に醤油皿を買いに行く予定も入れてもらおうか。

彼が本当にこの部屋に馴染むには、まだまだ当分先のことらしい。