羊飼いの憂鬱-another | ナノ
「あッ…やっ、ぁんッ!んっ!あぁっ!」



「…………」
「…………」



「やだやだッ!そこっ、ダメなのッ…!んんっ!ひゃっ…やぁッ!」



「…………」
「…………」



「あっ!…んッ!もっと奥突いてぇッ!!」




しんしんと雪が降っている深夜二十五時。そして日付も二十四から切り替わり、二十五だ。十二月二十五日。つまり、クリスマスだ。キリストの誕生を祝した日らしい。詳細はよく分からない。とりあえず私が生まれて物心がついた頃には既に「なんかよく分からないけどめでたいから祝おう!祝っちゃおう!」と、街にはライトアップされたクリスマスツリーやら、サンタの置物が設置されていた。「クリスチャンでもない日本人が何でクリスマスを盛り上げてるんだ?」と外人には思われがちだが、宗教には捕われないのが日本人の特徴の一つだと思う。



「もうダメぇ…や…あんッ!イくッ、イっちゃうのッ!…ひっ…あああぁッ!」


……………。


……私自身、クリスマスのことはよく分からないのだが……本来…本家のクリスマスは家族で過ごすものなのだそうだ。恋人がいる人も、その日は家に帰って一家団欒でケーキやら七面鳥やらを食べるらしい。
だが日本のクリスマスは家族で祝うものではなく、恋人同士で過ごす日となってしまっていた。逆に家族と過ごす人は「かわいそうな奴」、とレッテルを貼られる始末だ。

まあ、そんなわけで。
クリスマスイブに恋人と過ごし、ラブラブイチャイチャしながら盛り上がり、「あらやだいけない!終電逃しちゃった!」「じゃあ俺んとこ泊まってく…?明日クリスマスだし、一緒に過ごそうぜ!」という展開になるのならば、こういう事態が起きるのは最早必然。逃れられない運命なのだ。



──夜通し情事が行われるということは。




「…………おい」
「…はい?」
「これはどうにかならんのか」
「なりません。毎年こうですから」


隣の住人──以前ギルガメッシュさんのバイクを褒めちぎり、そして私とギルガメッシュさんが恋人だと信じて疑わない、チャラいわりに礼儀正しい青年──は私がこのアパートに入る前からここにいた。その時から彼の隣にはチャラい人間は嫌悪してそうな、清楚な感じの彼女がいたのだ。同性の私から見ても可愛いと思う、素敵な彼女が。たまたまアパートで出くわすと薄ピンクの唇を緩めて挨拶をしてくれる。以前私が風邪で寝込んでいると、それを知った彼女がドリンクやらプリンを届けに来てくれたことがあった。彼氏彼女揃って礼儀が良いし、優しい。やることはやっているんだろうが、気を遣っているのか、朝になって部屋から出てくる彼女と遭遇しない限り気付かない。
普段から節度を守る、そんな二人もクリスマスとなれば浮かれてしまうらしい。

特に彼女の方。


「……王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」



ギルガメッシュさんが宝物庫を開けた所為で暗闇に染まっていた部屋が金色に明るくなった。

一体何を仕出かす気だ。

慌ててベッドから起き上がり、「アパートが吹っ飛びかねないようなことはやめてください」と言って布団が敷かれているそこを見ると、布団の中で頭を抱えたギルガメッシュさんがいた。さらさらと柔らかそうな金髪を握りながら小さく呻くギルガメッシュさん。

……これは重症だ…。

いつもの彼なら「フフン、雑種共が交わり合っているぞ。名前、貴様も聞いてみろ」とか言いそうなのに……。


「ギルガメッシュさん具合でも悪いんですか?サーヴァントでも具合悪くなるんですね。意外」
「莫迦か貴様!四時間前からひたすら喘ぎ声を聞かされれば王でも弱るわ!!というか貴様!何故平然としている?!」
「ここに来た当初からこうですから。慣れです、慣れ」
「…ちっ。経験の差というやつか。おい。明かりを点けろ」
「明るくなったら余計眠れなくなりますよ」
「構わん。点けろと言っている」
「じゃあその宝物庫閉めてくださいね」
「早くしろ」


ギルガメッシュさんの言う通りに明かりを点ければ、死んだ顔の彼が私を見ていた。心なしか身に纏っている黒のスウェットもくたりと伸びきっている。髪もボサボサだ。綺麗なのに、勿体ない。
王の気品の欠片も失くしてしまった古来の王に何故かまじまじと見られ、何か付いているのか尋ねれば、彼の端正な顔が僅かに歪んだ。というより、顰めた。


「なんだか貴様…目が死んでるぞ」
「え?元からじゃないですか?……あ、切嗣さんのがうつったのかな」
「……貴様、慣れとか言っていたが露ほど慣れては──」


「あんッ!もっ、もう許してぇッ!またイっちゃう!イくッ!あああッッ!!」


「……ギルガメッシュさん。ここわりと防音きいてるはずなんですよ」
「……ならば何故こうも一字一句違わずに復唱出来るほど声が聞こえる」
「…さあ」
「そして何故今日に限って激しいのだ」

「ああ、恋人同士がイチャつくクリスマスだからだと思います。日本の聖夜…二十四日の九時から翌日の三時までは一年の中で最も性行為が行われる日なんですよ。性の六時間とか言われてたりして──」
「そんな情報を我に教えんでいいっ!」
「っ!」


一瞬視界がぶれた。

思い切りグーで殴られ、一瞬火花が飛ぶも何とか持ちこたえることに成功する。
……いった……あー……脳揺れてる……たんこぶ出来たらどうしてくれんだ。でもどうせなら今ので気を失った方がこの喘ぎ地獄からも解放されて良かったかもしれない。惜しいことをした。
殴られた箇所を摩りつつ、ベッドに寝転ぶ。ギルガメッシュさんはというと、胡座で腕組みをしながら、右手の人差し指を小刻みにとんとんと揺らしていた。
ああ、どんどんご立腹状態になってくな…このままだと面倒だ。



「耳栓でもはめたらどうですか」
「何故我がそんなことをせねばならん。本来なら貴様ら雑種が我に配慮せねばならぬというのに、このアパートにいる雑種共はそれすら言わんと分からぬのか!」
「あー、はいはいすいませんでした」
「………む。……おい、貴様のサーヴァントを呼んでこい」
「…何でですか」
「何でもだ」


ふと何かに気付いたような顔をして、不機嫌顔でギルガメッシュさんは私に命令をする。この顔は拒否すれば直ぐさま暴力に訴えてくる顔だ。
オディナさん起きてるかな…。
居間のソファーで寝ているサーヴァントの顔を思い浮かべながら、「(オディナさん)」と念話で呼び掛ける。すると直ぐさま返事がきた。レスポンスが早い。


「(起こしてすいません)」
『いえ、起きてましたから。…何か困りごとでも?』
「(…ギルガメッシュさんが呼んでます)」
『……了解しました。今そちらに参ります』


その言葉と共にオディナさんは寝室に現れた。居間から歩いて来るのかと思いきや、霊体で瞬間移動の如くやってきたのだから驚きだ。しかも武装した格好で。…最後に見た時はパジャマを着ていた筈だ。着替えたのだろうか、と考える私をよそに、ギルガメッシュさんは勢いよく立ち上がるとオディナさんのアホ毛のような前髪をむんずと掴んで悪い顔をした。


「自分だけこの地獄から逃れるのだと思うなよ雑種ぅ…貴様も道連れだ!」
「…!お、俺はっ…!そんなつもりではっ…!」
「主を置いて一人だけこの状況から逃げるとは騎士の風上にも置けん!死んで詫びろ!ジャンプ買ってから死ね!」
「あ、主っ…申し訳ありません…!この、ディルムッド、決して貴女を見捨てたわけでは──」
「言い訳はジャンプを買ってからだ!あとブランチュールも買ってこい!最近我のブームなのだ!」

「あの、すいません。状況がよく分からないのですが」


あとギルガメッシュさんは命令するか最近のマイブーム話すかどっちかにしよう。話が脱線する。
私の言葉に、王は輝く貌の額をぺしぺしと叩きながらいつものどや顔で口を開いた。


「いいか名前、よく聞くが良い。こやつはな、この喘ぎ声を聞きたくないが故に霊体の状態で屋根に上がっていたのだ。…主である貴様が苦しんでいるにも関わらず、な!どうだ、一つ罰でも与えてみるのが妥当な判断といえよう」
「あ、主…俺は、貴女も一緒にどうかと思ったのです…ですが外は氷点下の気温に曝されており、雪も降っている為屋根に上がる際に危険が──」
「言い訳は見苦しいぞ、雑種!」

「ああ、成る程。外寒いですもんね。オディナさん寒くなかったですか?」
「サーヴァントは気温に左右されないつくりになっていますから…」


眉を八の字に曲げているオディナさんの頬は赤くなっていない。そりゃあ誰だって人の喘ぎ声なんて聞きたくないよな。しかも誠実の塊…騎士道をそのまま人間にしたような人なら尚更だ。配慮が足りなくて申し訳ないというか──


「居間にまで聞こえてるんですか、声」


よく見れば輝きを取り戻した彼の目は深く沈んでいる。最初の頃と逆戻りしてしまっているではないか。

「……この時ほど耳がよく聞こえることを恨んだことはありません。…あの、主。本当にすいません。腹を切る覚悟は出来ております故、介錯の方をお願いしてもよろしいですか?」
「いや、そういうのいいですから。気にしてないし。オディナさんみたいな行動をとるのが普通なんですよ。だから腹切るとかやめてくださいね。あと俺の所為でーってネガティブになるのもやめてくださいね」



今の状況でそうなると相当面倒臭い。
オディナさんは無言でこくこくと頷いてギルガメッシュさんの手を振り払うとベッドの側にきてちょこんと床に座った。ちょっと可愛い。
そんな様子を見ていた我儘王は大きく舌打ちをして大の字で布団に倒れる。
特に会話することもなく、三人揃って無言となれば聞こえてくるものは時折通りを走る除雪車と、


「…………」
「…………」
「…………」


「気持ちっ良いよおッ…あぁんッ!んんッ!んっ…!はあっ…!子宮までッ届いてるっ!!届いちゃってるぅっ!あんッ!」



「…………」
「…………」
「…………」



「もっといっぱいっ、ナカに出してぇ…!」



喘ぎ声以外にない。
…っていうか…行為中に漫画やアニメでしか聞かないようなこと言う人って現実にいたんだ…彼氏は萎えないのかな。




「………そういえば」
「何だ」
「どうしました?」


素早い私とギルガメッシュさんの食いつきにオディナさんは多少たじろぎつつも私の顔を見た。


「失礼ながら、主。目が死んでます」
「そういう貴様もな」
「と言っている英雄王、お前も既に死んでいるぞ」
「精神汚染されてますから……」

お互いに顔を見合わせながら相手の死んだ目を見て引き攣った笑顔を浮かばせ合う。どんな絵面だ。


「主…俺は何故聖杯くんに貴女のサーヴァントとして召喚されたのか、ずっと考えていました」
「…え、何ですか急に…」
「もしかすると、俺は貴女の安眠を守る為に、この仲睦まじい二人の息を止める為に召喚されたのかもしれない、と…。攻撃の指示をお願いします」

どこからともなく槍を取り出したオディナさんは誰もが見惚れそうな笑みを私に見せた。幾ら綺麗な笑顔を見せられたからといって言っていることが物騒過ぎる。

「いや、それはない!どうしたんですか急に!」
「名前、このままだと家政婦サーヴァントが危ういぞ。どうやらこやつは精神攻撃に弱い。魅了攻撃できるくせして何をやっているのだ」


このままでは再びオディナさんが黒化することは避けられそうにない。まずい。非常にまずい。どこか良い避難所は──………あ。


「あの、ギルガメッシュさん」
「何だ。今ならどんな戯言でもこの雑音が聞こえぬようになるなら許す」


「教会に避難するのは駄目ですか?あそこギルガメッシュさんの部屋あるし」
「!!貴様、今だけなかなか冴えるではないか!よし、行くぞ!」
「…うわっ!」
「ランサー、貴様も此処から抜け出したくば我について来い!戸締まりをしなければ殺す!」

ギルガメッシュさんはカッと目を見開き、寝巻のままの私を担ぐと直ぐさま部屋を飛び出した。オディナぽかん、と呆けた顔をしたが、慌ててこちらに向かってくる。


───それからの行動は早かった。
寒くて凍えそうな格好の中で、ギルガメッシュさんは雪道など関係ないと言わんばかりにギルギルマシンをエンジン全開でかっ飛ばして教会に続く道を爆走し、アパートと教会はそこそこ距離があるというのにそんなに時間がかかった感覚はなかった。流石は魔改造バイクだ。

名前は激ダサだけど。

裏口にまわると、既にオディナさんが到着していた。やっぱり機械と霊体での移動とくればそっちの方が早いか。


「よし、入るぞ」
「主、頭に雪が…」
「ああ、すいません」


ギルガメッシュさんの部屋にあるベッドは多分キングサイズだ。私とオディナさんが隅っこで横になってもそんなにとやかく言われないだろう。苦しいものを分かち合った者同士、少しくらい優しくしてくれることに期待しよう。
教会の中に足を踏み入れ、ギルガメッシュさんの部屋へと進んでいると、前から少し眠そうな表情をしたランサーさんが瞼を擦りながら歩いてきた。格好を見る限り、眠っていたらしい。どうやら起こしてしまったようだ。


「夜分遅くにすいません」
「よっナマエ、ディル。この前ぶりだな」


ランサーさんは私とオディナさんに、オディナさんとはまた種類の違う爽やか笑顔を見せてから、仏頂面でギルガメッシュさんに向き合った。切り替えが早い。


「庶民王さんよぉ、近所迷惑だぞ。ちったぁ静かに来るなり努力しろよ」
「黙れ狗。喧しくしようと我の勝手だ」
「教会にクレームきて怒られんの誰だと思ってんだよ。っつーかお前らそんな寒ぃ格好で何しにきたんだ?見たところサンタさん、って風じゃねーしな」
「ランサーさん、話は明日でいいですか…?眠くて…」
「あ?寝てねーの?」


若いといえども疲労が溜まれば体は睡眠を欲する。
今日は一日忘年会や新年会で呑まれることになる商品の搬入や確認で忙しかった為に、いつも以上に疲れが溜まっていたのだ。とっととベッドに転がって爆睡をかましたいので、正直今は世話焼きなランサーさんが鬱陶しくて仕方がなかった。

オディナさんが気を利かせて肩に手を置いて支えてくれた中、ギルガメッシュさんは苛々とした顔でランサーさんを指差し「これから我は床に就く。邪魔をしたら塵も残さん」と低い声を発する。殺気が出てるから、多分本気だ。彼女の悪意無き精神攻撃を四時間に渡って受けた彼からすれば、睡眠を邪魔する些細な妨害すらも、御機嫌指数を左下に下降してしまう一因となってしまうのだろう。気持ちは痛いほど分かるだけに何とも言い難い。


「へーへー、邪魔はしませんよー。っつーかかわざわざ寝る為に来たのかよ」
「分かったのならさっさと退け」
「!……ははーん、もしかしなくてもお前らひょっとしなくてもアレか。隣のネーチャンの喘ぎ声がうるさくて避難してきたとか、そういう感じだろ!今日クリスマスだしな」


「……………」
「……………」
「……………」


…………。


「図星か。ナマエの教育上悪ィとは思うけどよぉ、何でお前らまで来たんだ?絶好のチャンスだろ。ネーチャンの喘ぎ声なんてそんな聞ける機会なんてねーし、最高じゃねーか」

「……………」
「……………」
「……………」


…………。


ギルガメッシュさんの纏う空気が変わった。イエローを示していたメーターが一気にレッドから測定不能の位置に達してしまったような。


あ、これ地雷踏んだな。と、ギルガメッシュさんの顔を見ずとも理解することが出来た。


ランサーさんは地雷畑で地雷を収穫しまくっているのに気付かないのか、仕舞いには女の人の喘ぎ声談義をし始める始末だ。自分の生存確率を自ら削ってどうするクー・フーリン。


「──名前。先に寝ていろ」
「わかりました。お先に失礼します」
「そこの雑種も、今日だけは我と同じ寝具を使うことを許そう」
「! 感謝するぞ、英雄王。主、行きましょう。歩けますか」
「……あー…すいません」
「いえ。主を助けるのが俺の役目ですから」






「………ランサー。我は今ほど貴様という名の存在に苛立ちを覚えたことはない」
「…は?え?オイ、何で宝具解放してんだ」
「塵すら残さん。我の前で女の喘ぎ声の話をした罰、とくと受けるがよい」
「え、ちょっ──」




床暖房のスイッチを押した途端、奥の方から破壊音とランサーさんの断末魔が聞こえた。ランサーさんはまた今日も死んでしまったわけだ。でもこれは余計な追求をした彼に多少なりとも非があると思う。薮に深く首を突っ込まなければ蛇にだって噛まれることもなかったのに。
シーツを整えていたオディナさんに「助けなくて良かったんですか」と訊くと、「今回ばかりは…その、クー殿の自業自得では」と遠慮がちに返された。尊敬しても盲信はしていないらしい。


「そういう主こそ、クー殿を助けなくて良かったのですか」
「あれこれ聞いてくるランサーさんが悪いですから。私もちょっと苛々してたし…」


暖房のスイッチも押してベッドの中に潜り込む。無人だった為に酷く冷えたこの部屋では、勿論シーツも何もかもが冷たい。
寒い。冷たい。風邪とか引かないか心配だ。


「…主」
「はい?」
「今の室温は十三度です。このまま就寝しますと、過労、睡眠不足、氷点下の中での薄着の移動、などを踏まえれば貴女が風邪を引いて熱を出す確率が高い。失礼かとは思いますが、俺で暖をおとりください」
「…一緒に寝ろと」
「貴女の想い人だと思って構いませんので」
「あの人オディナさんみたいにがっちりしてなかったから無理です」
「…そうですか」


しょんぼりと視線を落としたオディナさんにこちらに来てもらうよう手招きすると、少し視線をあちこち飛ばしてから、ようやくこちらにやって来た。
ちらちらと私を見ながら、私のすぐ隣に横たわる。いつも私より高い位置にある顔が、首を上げずともいい位置にあるのは何だか奇妙な感じだ。



「……その格好で寝るのは辛くないですか?」
「武人が格好云々で眠れぬなど、騎士の名が廃れます。どんな格好でも、どんな場所でも眠れますから。どうか気に病まないでください」
「そうですか…何だかグラニアさんに申し訳ない気がします。オディナさんと一緒に寝るのは妻である彼女の特権でしょう」
「…何もやましいことをするのではないのですから。グラニアも理解してくれます」
「ならいいんですけど……あ、」
「どうしました?」
「…魔力の供給、並の状態にしておけばオディナさんの寝不足解消されたんじゃないかなって…」


何で気付かないかなぁ。
額に手を当てる私にオディナさんは小さく笑い声を上げた。


「ああ、大丈夫です。いつも通り、食事と睡眠が必要になる程度で構いませんから」
「でも…」


辛くないですか?

そう言おうとするも、勢いよく開いたドアによって会話は中断せざるを得なかった。私とオディナさんはドアの方を振り返り、少し鬱憤を晴らせたのか先程よりかは不機嫌ではなくなったギルガメッシュさんがベッドに入ってくるのを黙って見つめる。



頬に付いていたランサーさんのものだと思われる返り血は、見ないことにした。


「…寒いな」
「やっぱ受肉してたら寒いとか暑いとか人間の感覚と同じになるんですか?」
「知らぬ。我を人間などという雑種の枠に入れるでないわ。寝るぞ」


私の隣にくるなり目を閉じたギルガメッシュさんからは数秒も経たないうちに寝息が聞こえてきた。相変わらずのび太並の寝付きの良さに感心しながら、私も寝ようと寝心地の良い姿勢を探す。


「明日の勤務時間は何時からになりますか」
「……午後からです」
「では十一時に起こさせていただきます」
「…はい、お願いします。…おやすみなさい」
「……おやすみなさいませ、主」



……三人並んで川の字になって寝るのは初めてなんじゃないか。

意識が眠気によってほとんど支配されてしまった中でそう思うも、話し掛けるべき人間も眠りに就いてしまったし、私も話す気力がない。

…今年の聖夜も散々だった。せめて大晦日と正月くらいは三人でまったり過ごしたいものだ。
この願いを聖杯に頼んだら、叶えてくれるだろうか。


そんなことを考えながら私は遂に睡眠を得ることができた。



翌日、アパートに戻ってから「姫始め」というもので新年早々嬌声の嵐で悩まされていたことを思い出し、三人で対策を練ることになったのは言うまでもない。