右心室と汚い揶揄 | ナノ
「へぇ、そうか。やはり昔と今では魔術の使い方は若干異なる部分があるのだな」


まあそうそう変わるものでもないからねえ、魔術は。


ナマエは一人頷いて懐から取り出したメモ帳にペンを走らせる。それを見て俺は呆れた笑みを零すことしか出来ない。あれこれ一時間は経っただろうか。自己紹介を終えた後から始まった魔術や俺達フィアナ騎士団に関する質問を息をつく暇もなく尋ねてくるものだから、彼女の底を尽くことのない探究心には感心する。俺の回答に驚き、人懐っこく笑うその姿はどう見ても年頃の少女にしか見えず、ケイネス殿も認めるような実力を持つような魔術師だとは到底思えなかった。彼女は人が本来持っている人と人の壁をやすやすと壊してしまうような人間らしい。さぞかし級友達の前ではその明るく好印象を受けやすい性格で人気者となっていることだろう。それはケイネス殿に(仕方のないことだとは割り切っているが)モノのように扱われている俺にとっても居心地が良いと思ってしまうものだった。


ナマエはメモ帳を暫く眺めて何かを考えていたが、ふと思い付いたように俺を振り返り口を開く。

「そういえば君はランサーというからには槍を使うんだろう?一体どんな槍を使うんだ?剣はないのか?」
「…今回俺はランサーとして召喚されたからな。持ってる武器は槍が二本だけだ」
「へえ…実物を見せてはくれないの?」
「主から武器は戦争が始まるまで安易に出すなと言われている。済まないな」
「ん、いや。アーチボルト先生が言うのなら仕方がないよ。悪かったな、せがんだりして」

ナマエはメモ帳を懐にしまい込み、腕に巻いていた時計を確認すると小さく悲鳴を上げた。

「いけない、友達と約束していたんだった……じゃ、じゃあディルムッド…じゃないランサー!私は今日はこれで失礼するよ!戦争が終わるまでよろしく頼んだ!」
「あ、ああ…」
「じゃ!」

ナマエはケイネス殿から渡されていた鍵と小さな電子機器──確か携帯というやつだ──を取り出しながら小走りで部屋を出ていく。鍵の締まる音と、ぱたぱたと廊下を走る音がやがて聞こえなくなると俺は息をついた。まるで嵐のような女だ。だが嫌いではない。グラニアが時折垣間見せたあのお転婆なところがどこか似ているような気がする。

「…………」

そういえば。
聖杯から得た知識に寄れば現代に生きる魔術師は電子機器を嫌っている筈だ。それなのにナマエは携帯を持っていた。もしかしたら彼女は電子機器について柔軟な考えを持っているのかもしれない。


彼女は相当な変わり者なのではないだろうか。


それが一時間近くナマエと共に過ごした中で思った、彼女に対する印象だ。