Fate | ナノ
これ程なまでに目を輝かせ、涎を垂らすタマモキャットは見たことがあるだろうか。いや、ない。……もしかすると、マスターの前ではいつもこんな顔もするのかも知れない。だが、恐らく、全カルデアスタッフの前では、こんなにも無防備で、マタタビに飛び付いた時の猫のような真似はしたことがない。

それ程なまでに猫の形をしたホットパンケーキは衝撃的だったらしい。
流石に何枚も猫の形に焼くのは手間がかかってしまうので、何枚か丸く焼いたその上に乗せておいた。1枚しか焼いていないことに特別不満はないのか「ナマエは凄いな!」とキラキラとハイライトが散りばめられた瞳を私に向ける。マスターが「タマモキャットは可愛いんだ」と照れ臭そうに笑いながら発していた言葉の意味を改めて理解しつつ、一言礼を述べる。料理スキルが高いらしい彼女のことだ。きっとこれくらい簡単に作れるに違いない。それでも私を凄い、と立てる辺り彼女にも良妻としての質はあるのだろう。元祖の狐がそうであるように。



「では、トッピングの方をお願いします。やる前に涎は拭いて下さい」
「むむっ!美味しそうでつい……ナマエ、ナマエ」
「はい?」
「この猫の形は、別に取り分けてアタシが食べたい……駄目か?」

もじもじと恥じらいを見せつつ私に訊いてくるタマモキャットに二つ返事で答える。
それは元より彼女に食べて貰うつもりでいたのだ。
彼女は鼻歌混じりで新たに出してきた皿にいそいそと猫のホットパンケーキを移動させた後、何枚か重ねられたホットパンケーキの方に向き直ると搾り袋を構える。


「…では、クリーム地獄をお見せしよう──!」


涎に塗れた口元を手の甲──猫の手の甲?──で拭うなり、いつの間にかクリームを搾り袋に詰めていた彼女は瞬く間に大量のクリームをホットパンケーキの上へと絞り出した。それは決して大雑把な所作ではなく洗練されたものであり、クリームは細かくうねり波立ち少しずつ高さのあるそれになっていく。搾り袋を使って均一にクリームをのせていく、という行為はそう簡単なものではい。ある程度練習が必要ではあるし、こんなにも自由が利かない手であれば尚更だ。
目の前のホットパンケーキは、店のサンプルやメニュー表の写真でよく見るような見た目へと完成されていく。料理は見た目から、とはよく言うが、これ程なまでに目で見て美味しいと思えるスイーツは見たことがない。


────完璧だ。


バーサーカーがこんな所業をそつなくこなすなんて信じられなかったし、何より私が信じられないのはあのぬいぐるみのような両手でこんなに綺麗な搾りをやってのけたことである。バーサーカーだというのに身のこなしが鮮やかで細やかな作業も難なくこなすランスロットでも、こんな真似は出来ないだろう。彼がやれば搾り袋は持てど、最悪勢い良く袋が弾けクリームが飛び散る。そもそもそれが宝具と化し、搾られるクリームは殺人兵器になってしまう。


「これでッ!どうだッ!」
「凄いですね。売り物みたい」
「むっふっふっふ〜……材料は確かに売り物だったが、これは主にナマエが作った物だぞ!」
「料理は見た目から、と言いますし、このホットパンケーキの美味しさを最大限まで引き出したのは貴女ですよ」
「それを言うならホットパンケーキを均一な厚さと大きさで焼いたナマエも充分貢献している!と、キャットは思った!」
「この調子で蜂蜜と木苺とソースの盛り付けもお願いします」
「む!流された!……むむ…ナマエは褒められるのが得意ではないのだな…?日本人は謙虚だとマスターも言っていたしな!」

勝手にそう解釈し、一人でうんうんと頷くと緩い笑みを浮かべた猫は、その大きな獣の手を使って蜂蜜と木苺のソースを均等に、且つ丁寧に垂らしていった。

「もう出来る。完成したらナマエの部屋で食べるゾ」
「えっ何で」
「ホットケーキ、パンケーキ。これは女が好むスイーツ……これを女二人で食べる…つまりそれは女子会!こんなキッチンでやる女子会などアタシは聞いたことがない!」
「えー……」
「ダメか」
「……」
「ダメなのか……?」
「その手が通じると踏んだ上での涙目ですね?」


あまりサーヴァントは自室に入れたくないはないが、今回ばかりは仕方ない。こんなに美味しそうなパンケーキにトッピングをしてもらえたのだから。
ソースを垂らす手を止め「やったぞ!」とくるくる回ったり跳ねたりと全身で喜びを表現する彼女に向かい、静まるようにと軽く手を打ち鳴らす。キャットは先程よりも段違いのスピードで装飾作業をこなし、仕上げと言わんばかりに冷凍庫から業務用アイスを取り出し始めた。

まだ何かを盛るつもりらしい。今でも充分なくらい豪華であるというのに、これ以上何をしようというのか。
店で食べるとすれば英世が二人ほど生贄に捧げなければならないくらい煌びやかな物に仕上げられていくホットパンケーキを、私はただ見守っていくしかない。

彼女はいつの間にか握っていたアイスクリームディッシャーを使ってアイスを二人分くり抜くと、どんとホットパンケーキに添えるようにして二つ飾り付ける。
かくしてホットパンケーキはここに完成した。
甘党の十人が十人、舌舐めずりをしながらフォークとナイフを構えてしまいそうなスイーツは、私が想像していたその数十倍綺麗で、美味しそうで、魅力的だった。


「むっふっふ〜やはりこれくらい盛らねば特別感は出ないというもの!女子会ならキャットにおまかせ!だゾ」
「………カロリーの暴力だ」
「体重が気になるのであればキャットと遊んで汗をかくとよいのだワン。万事解決!では、ナマエ!アタシはささっと片付けをする故に…このホットパンケーキ運送係は任せた」
「わかりました」

間もなく女子会のはじまりである。