Fate | ナノ
そこにはただ、事切れているディルムッド・オディナがいた。


「……………」


気持ちが悪い程口の端を歪ませたフィン殿に言われて四の五も言えないままベン・ブルベンへ来たものの、まさかこいつの死体と対面するとは思わなんだ。同志達が何故あんなにも蒼白めいた顔色だったのか理由を理解したところで、その同志を統べるあいつの趣味の悪さに思わず感服してしまう。吐き気を催してしまう程に。

目を見開いたまま息を引き取っているディルムッドの側には、未だに渇くことなくその場に残っている聖水があった。ディルムッドから少し離れたその先にある泉へと視線を移す。仮にディルムッドが瀕死の重傷を負ったとしても、フィン殿ならば距離的に水を運んで彼に飲ませるくらいの時間はあった筈だ。つまり、ディルムッドが死ぬ確率はとてつもなくゼロに近かった。それなのに私の目の前で倒れているディルムッドは息を引き取ってしまっている。やはりフィン殿がディルムッドに言ったあの言葉は嘘で塗り固められたものだったのかと今更ながら思った。

見開いたままの目をそっと閉じさせ、口元から垂れている血を拭ってやる。そうすれば、ディルムッドはただ眠っているように思えた。有名画家が描いた絵画のように綺麗で、美しい。

昔ディルムッドからもらった革の小物入れから一つ、時折使っているカップを取り出す。少し歩いた先の、水が満ち溢れるそこにカップを少しだけ沈めた。溢れんばかりに注がれた水を零さないように彼の元に持っていき、少しだけそれを口に含む。段々と硬直しつつある彼の顎を掴んで口を開けてやり、ゆっくりと生き絶える寸前まで彼が待ち望んでいた聖水に似て非なるそれを流し込んだ。
当然の如く、彼は沈黙を保ったまま永い眠りに身を委ねているままだ。フィン殿のように癒しの手を持たない私が何をしようとも、彼が起きることなんて、ない。

こんなことをしてもディルムッドは戻ってこないと分かっている筈なのに、無駄だと分かりつつもやってしまうのは、私がまだディルムッドのことを忘れられないからだ。男の衣服に身を包み、綺麗な花を愛でる代わりに鈍く光る剣を手に持った私を。奇異な目ではなく、対等に見てくれた彼が。……ディルムッド、が。

ようやく溢れてきた涙はぽろぽろとディルムッドの端整な顔に落ちていく。まるでディルムッドが泣いているように見えた。実際に、心の中では泣いていたのかもしれない。誓約の所為とはいえ、不義を働き主を裏切ってしまった自分に対する憎しみによって。自分自身を責めていたのかもしれない。




またいつか、来世で会えることが出来たなら。





「おやすみ、ディルムッド」




幾つかの文字をその体に刻んで念じれば、指から赤に染まった炎が生まれ落ちて瞬く間にディルムッドの体を覆っていく。少し離れて彼が灰になっていくその様は、涙で視界がぼやけている私には見えることはない。ただただ、炎がその対象を焼き尽くしてくれるまで泣き続けた。


一番私を可愛がってくれた貴方を灰に変えてしまう私を、どうか許さないで。


貴方の輪郭がだんだんと融けていく


120119 加筆修正