Fate | ナノ
「ちょい待って!まだ飲みたかったのに!」

飲みたかったなら自分の分もいれてこいよ!
私の悲痛な声もどこ吹く風という様子で、ランサーはあっさりと残りの紅茶を全て飲み干してしまった。空のカップをテーブルに置き、それから私の方を振り返る。

「…貴女はまだ勘違いをされている」
「は?」
「敵陣に連絡をとった罰というものが俺のいれた紅茶を飲む行為だけだと、貴女は本当にそう思っておられるのか?」
「え、違うの?」
「俺はそれだけだと言った記憶はないが?貴女が勝手にそう思っただけだろう」

ああ、確かに……先程までのおめでたい自分が阿呆のようである。……それにしても、紅茶を飲んでから何故か魔力が少しずつ減っているのだが、……あー……何だか段々嫌な予感がしてきたぞ。
眉を潜めた私を見てランサーはようやく気付いたのかと言わんばかりの重い溜息をついて説明を始める。それは至って簡単なものだった。

「今貴女が飲んだのは間違いなく紅茶だが、主が作り出した無味無臭の薬も混入されていた」
「…薬?」
「その薬を飲んだサーヴァントと魔術回路の持つ人間は、暫くの間マスターからの魔力供給は遮断を余儀なくされ、その薬を服用した者が供給源となる」
「…それってつまり一時的にランサーの魔力の供給源がソラウ様から私に代わったってこと?」
「ああ」

成る程…理論なんてケイネスにきかないと分からないだろうな。そんな薬を開発してるとは思いもよらなかった。何やかんや言ってはいるものの、流石は神童と謳われた魔術師だ。こういうことも難無くこなしてしまうとは、同じ魔術師として感心せざるを得ない。

「それで…その薬を服用してランサーに魔力をあげることが罰なの?」

そう尋ねたものの、罰はそれだけではないというのは心のどこかで理解していた。

「……貴女は魔力を限界まで使い切ったことはあるか?」
「………疲れるしそんな機会もないから数回だけしかないけど…」
「主からの命令はこうだ。『奴がもしライダー陣営に連絡をとろうとした、或いは連絡をとったならば、実験ついでに罰として私が作った薬を飲ませて奴の魔力量を計れ』と」
「…へえ…」

最初から私が一人になるとウェイバーに連絡をしようと考えていたのはまるわかりだったんだろうか。じゃなきゃ薬も常備していない筈だしな…。

じゃあつまりもうこのままでいいってことか。何をしなくてもランサーが実体化している限り私の魔力は減り続けるし。なら今から頼まれた仕事でも片付けようかな。癪ではあるけど書類整理ぐらい出来なかったら何を言われるか分からないし。書類に触ろうとした手をがしりと掴まれ、私は目の前にいる英霊を見上げた。…話はまだ終わっていなかったらしい。

「…この薬の効き目は数時間しかもたない。そして貴女の魔力がいつ限界に辿り着くかは全くもって不明瞭…つまり短時間で大量な魔力を俺に与えなければならないということだ」
「……」

…………サーヴァントに十分な魔力を供給出来ない、又は大量な魔力を与えたい場合は、サーヴァントとマスターの体の一部による接触、または体液交換が一番有効な方法だ──と、ケイネスから聖杯戦争へ同行要請をされた後に色々読み漁った本の中に書かれていたっけ。ちなみに体の一部分を触れ合わせるより体液交換の方がより効果的だ………つまり。
徐々に顔に熱が集まってくるのが自分でも分かる。私の顔を見て、ランサーは私が何を考えているかを大体理解したらしく「ならば話は早い」と私の手をぎゅっと握り締め、ソファーに私を押し倒した。再び近くなる顔に息が詰まる。さっきとはまるで状況が違うのだ。抵抗しようとも口内はからからで、舌は張り付いてしまったかのように動く気配はない。
ランサーと視線が交わり合う。彼は何でか無表情から何とも言い難いような表情を浮かべて私を見ていた。それに、今触れ合っているランサーの指先がやけに冷たく感じる。さっきまであんなに冷たい顔をしていた筈なのに、何でだ。

「………騎士として強姦紛いのことをするのは騎士道に反する」
「……そ、そりゃあ人道的にもアウトでしょうね…」
「………」

ようやく振り絞って出てきた言葉にランサーは苦しそうな顔になる。彼も事に及ぶのは堪え難いらしい。この行為をすること自体が嫌なのか、それとも私相手にそれをするのが嫌なのか。後者だったら少し悲しいと思ってしまう自分に嫌気がさす。

「べ、別に嫌なら嫌でしなきゃいいじゃん…」
「……主の命令でもある。だが貴女の純潔を汚したくはない。これは…許し難い行為だ」
「…でもそれをすることによってケイネスが聖杯に近付けるかもしれないんだよな」
「………」

正直私は聖杯が誰の手に渡ろうとどうでもいいのだが、イギリスを出国する時から今に至るまでのこの数日間、ケイネスがランサーをぞんざいに扱うところを幾度か見てしまっているので、騎士道を貫くことにより私の魔力が計れなかったことで怒られるランサーを見るというのは気が引けた。

「…あ、別に体液交換なら性交じゃなくても接吻くらいで事足りるんじゃないかな?やっぱ性交じゃないと駄目なのか?」
「…貴女はそれでいいのか?特別な情を持ってもいない男にそのようなことをされて嫌ではないと?」
「そもそも私がウェイバーに連絡したのが悪いんだし…罰なら仕方ないよ」
「…………」
「えーと…とりあえず薬が切れるのも時間の問題だし」

ランサーは険しい表情で目を閉じて暫く何かを考えていたようだったが、目を開いた時にはその険しさも迷いも見当たらなかった。

「…………では…この間だけ、貴女にとってこのディルムッド・オディナが特別な存在になれるように、心の底から貴女を愛しましょう。どうかお許しを───ナマエ様」


耳元で吐息混じりで名前を呼ばれ、思わずびくりと体を震わせてしまう。な、名前呼ばれたの初めてだ…。ばくばくと心臓がいつもより速く動いている。駄目だ、緊張と羞恥心が混ぜ合わさって何も出来ない。ランサーは額、瞼、鼻、頬と軽く音を立てながらキスをして、それからゆっくりと私の唇にその整った唇を合わせた。私の手を握っていない方の手は優しく私の頭を撫でている。そこに愛なんてないのに、とても愛されているような、そんな気がした。角度を変えたキスが繰り返された後、一度ぺろりと舌で舐められ、それを皮切りに舌が私の口内へと入ってくる。ランサーの熱い舌が唾液を拭い取るように私の舌を貪った。


魔力が少しずつなくなっていくのが分かる。頭がぼんやりして、あまり思考回路がまわらない。ランサーは、キスが上手い。キスを続けながらランサーは頭を撫でていた手を背中に移して、握っていた手も解いて私をまた姫抱きにしながらゆっくりと歩きだす。何処へ向かっているのかと思えば私が使っている寝室だ。ベッドに私を下ろしたと同時、一旦唇を離したランサーは少しだけ頬を赤く染めたまま口を開ける。

「……やはりこういう行為をするのはこの場がそぐうのではないかと」
「…い、いいんじゃな──んっ、!」

肯定するよりも彼の唇が降ってくる方が早かった。……急いでるのか。一向に減らない魔力を減らす為にも、キスを交わしながらランサーの背中に腕をまわして体を密着させる。ランサーは少しだけびくりと体を硬直させたが、直ぐに同じように私の背中へと手をまわした。……端から見たら熱々なカップルだとかに見間違われるんだろうか。
絶え間無く響き渡る唾液の厭らしい音が益々私の羞恥心を掻き乱していく。この行為が終わったらランサーの顔なんてまともに見れる気がしない。

キスを切り上げて、お互い息が上がって荒い呼吸をしている中、次にランサーは何をするのかと思えば首筋に顔を埋め、そのまま吸い上げてきた。だ、駄目だ、ランサーの息があたってぞくぞくする。我慢するようにランサーの背中にまわしている腕の力を強めれば少し笑い声が首元から聞こえた。

「な、何さ…」
「…いえ、可愛らしいなと」
「……っ!……ちょっ、」

べろりと首筋を舐められ思わぬ声が出てしまった。自分でも聞いたことがない声だけに恥ずかしい。恥ずかしくて死にたい。生理現象によってじわりと溢れてきた涙は頬を伝うことなくランサーの舌によって舐めとられる。

「……ん……とても美味です」

涙にも魔力が含まれているんだっけ。
音を立てながら繰り返されるキスの嵐に心臓を高鳴らせながら、私はそのキスに応えるように自らランサーの唇に舌を這わせる。彼は私を誘導させるようにゆっくり口を開いて私の舌を自身の口内へと招き入れた。ぎこちないながらもランサーの舌を必死に絡めて、軽く吸ってやる。私を求めてくれている英霊の頬を優しく撫でてあげれば、その英霊は熱の篭る視線を私に向ける。互いの呼吸確保の為に口を離すと、ランサーの口端から唾液が少しだけ溢れ出た。それを舌で舐めとりながら彼は私に声をかけてくる。


「……ナマエ様」
「…なに」
「…このまま続けても貴女の魔力は底をついては下さらない」
「……ああ、いいよ。最後までやっちゃおう。今だけだとしても心の底から愛してくれてるなら、強姦にはならないよ。騎士道にも反してなんかいない…どうせなら抗魔解除しようか?」
「いえ…恋狂う女は苦手なもので……ナマエ様、」
「ランサー」

苦しみと欲情が混ざり合う彼の顔に軽く唇を落としながら話しかける。


どうせなら最後の一滴まで私の魔力を持っていけよ、ディルムッド・オディナ。





擬似的な愛を通した性交が初めてなんて、過去の私が知ったらどんな顔をするんだろうか。






***






怠い、なぁ。


ぼんやりと目の前に散らかる自分の衣服を見てぼんやりとそう思った。下半身が痛い上に、体が動かない。魔力がほとんど尽きてしまっている所為だ。目の前に広がる逞しい胸板の持ち主の顔を見上げた途端、私は少し戸惑った。
何だか目の前にいるランサーがとても輝いているような、そんな気がしてきたのだ。対魔力の効果すら消えかかってしまうくらいに私はこいつに魔力を根こそぎ持っていかれてしまったのか。溢れ出る疲労感もその証拠だ。手を動かすことすら気怠いし、疲れる。若干霞む視界の中、色男は私の零す涙を指で拭い取り、そのまま自分の舌で舐めとった。その様子を、何も文句を言わず惚けたように眺めている私を見て申し訳なさそうな顔をする。そんな顔さえも美しいと思ってしまった自分が悔しい。

「魅了されてしまいましたか」
「い、いや、…多分、大丈夫。一日寝たら…」

私が次に目を覚ましたら、きっとランサーはいつものように私に少し冷たい態度をとり、私のことを「貴女」と呼び、ケイネスの後ろに立つんだろう。私がランサーに触れることも、ランサーが私に触れることも多分ない。優しい微笑も私に向けられることもない。私だって奴の魅了を防げるくらいの魔力は戻っているだろう。罰を受け入れる途中に芽生えた感情なんて一時の、彼の呪いによるものだ。きっと私は、この感情を忘れる。別にそれは構わないし、むしろそうでなくてはならない。

でも、せめて、どうかこれだけは許して欲しい。
動きたくないと駄々をこねる腕を伸ばしてランサーの温かい手を握り締める。彼の手はとても温かかったことを覚えておくことぐらいは。

親愛なるウェイバーに、私が完全に奴に魅了されない内にケイネスの奴の首を討ち取ってくれることをただひたすら願いながら、私はゆっくりとその視界を閉ざすことしか出来なかった。


泡のように消えるふたりの愛はあまりにも脆い