あなた | ナノ
ユウキくんが帰ったのは辺りが真っ暗闇に染まってしまってからだった。此処は人気も店もほとんどなく、暴漢には勿論野生のポケモンに襲われたなら一たまりもない場所だろう。例えポケモンバトルが得意で、ホウエン地方のポケモンリーグで優勝経験があった子供だったとしても、所詮子供は子供だ。一人では危ないからポケモンセンターまで送ろうか尋ねるとユウキくんはフライゴンに乗って帰れば安全だからと首を振った。

「夜遅くまですいません。また遊びに来てもいいですか?」
「駄目って言っても来るんでしょ…いつでも来なよ。…今日はなんかごめんね、色々」
「え、何がですか。謝るくらいなら今度来た時カレーでも用意してて下さいよ。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ。気をつけて……ありがとう」


暗闇に溶けるフライゴンの姿を、あの日のダイゴの背中を見送った時のように、馬鹿みたいにじっと見つめた。ユウキくんもダイゴと同じく自分勝手な部分があるがなかなか嫌いになれない。彼の純粋さと素直さが長所な所を、ダイゴと重ねてしまっているのかもしれない。ユウキくんはダイゴのようになって欲しくないと思うのは私のエゴが生み出した産物なんだろうか。
もういい加減にダイゴのことを考えるのはやめた方がいい。疲れた。これ以上考えて醜い感情以外の何が生まれるというんだ。
溜息を一つ吐いて家の中に入る。居間にある、先程までユウキくんが座っていた人一人は寝転ぶことの出来る一見窮屈そうなソファに倒れ込もうとした、が、ようやく眠りから覚めたらしいパッチールが体を揺らしながら座っていたので占領することは出来そうになかった。少し悔しいのでその長い耳を軽く引っ張りながら(鳴き声を出して喜ばれた。くそ、なんだこいつは。)その隣にだらりと座る。ソファからはみ出た足をぶらぶらと揺らした。それを見てパッチールも短い足をなよなよと揺らす。やることなんて何もない。安酒でも買ってこようか。あ、でも買うとか買わない以前に使える金なんてあったっけ。

「…ニートのこと馬鹿に出来ないな…」

実質ニート状態だし。パッチールは私の言葉を理解したのかしていないのかのそのそと移動し、私の背中とソファの隙間に無理矢理入り込んでペたりとくっついてきた。何がしたいのかは全くもって理解不能だが、多分慰めてくれているんだろう…多分。一見重そうに見えるこいつはわりかし軽いのだ。服越しから伝わってくる、生きているもののみが持っている温かみを感じながらぼうっとする。
なんとなく、生きてる心地がしなかった。確かに私自身は、心臓は動いているし呼吸もしているし脳で考え込んだりしているのに、確実に何かが足りなかった。生命維持をする器官はこんなにも支障をきたすことなく元気に働いているのに、物事を考える心自体が生きていなかったなら、それは果たして生きていると断言出来るだろうか。今の私は植物人間のような状態だと言われても何ら差異は無いのでは。辿り着く宛てのない答えを探す中でピピピと普段滅多に鳴らない電子音が部屋に響いた。ポケギアだ。
のそりと重い体を立ち上げて姿の見えないポケギアを探す。あれ、何処に仕舞ったっけ?そもそも私がポケギアを触ったのはいつだったっけ?
新聞やら雑貨やらをがさがさと掻き回しているとちょんちょんと腰を突かれて振り返る。そこにはとてもだらしの無い笑顔でポケギアを持つパッチールの姿が!

頭をがしがし撫でてやりながら電子表示された名前を確認して、思わず息を止める。「ツワブキダイゴ」なんて名前は私のよく知っているようで知らなかった人物である。
…今更何なんだ。私がこうしてただ棒立ちになったままポケギアを見つめていても一向に鳴り止む気配は見えない。
何か、大事な用なのか?
だって、奴はシンオウに行くことだって私に黙ってた位なのに。そんな大事なこと、ポケギアでも手紙ででも使って私に伝えることは出来た筈なのに。それもしないでとっとと消えて行っちゃうし。でも、それでもダイゴは今、私にこうやって電話をかけているわけで。
ああもうこうして悩む暇があるならとっとと本人に直接問い質した方がいい。
通話ボタンを押して「もしもし」と無意識にいつもより低い声を出してしまいながら向こうの反応を待った。

「…もしもし」
『…………』
「…もしもし?ダイゴ?」


ところがダイゴは何も言うこともなくただただ無言だった。電話をする上での三点リーダ返答は止してほしい。表情は見えなくて相手の声と話し方で表情や感情を判断するしかないのだ。

「聞こえてる?……返事しないなら切るよ」
『……、…なまえ?』
「えっ、あ、うん」


別に切るつもりなんて毛頭なかったけど。急に名前を呼ばれて少し驚いてしまった。
それでもようやく返ってきた返事に軽くほっとする。久々に聞いたダイゴの声はやけに弱々しくて、疲れていると言ったらいいのか、とにかくくたびれている。ような気がした。シンオウに行ってから何かあったの、お嫁さんは可愛いの、何で何も言わなかったの、とか、言いたいことききたいことを口から出してしまたい衝動を堪えて何か用があるのかだけ問おうと口を開く。


「あの、どうかした?疲れてるみたいだけど」
『…疲れてるように聞こえるかな…?』
「まぁ」
『それはごめん。とりあえず、今は時間がなさそうなんだ…唐突で申し訳ないけど今からなまえ、君の所に行く』
「…はい?」
『君の耳、そんなに悪くはなかった筈だから繰り返しはしないよ…じゃあまた後で』
「えっちょっ」
『出来れば煎れたての紅茶が飲みたいね』
「あっ、待っ…もしもし!」

くそ…切りやがった。ていうか、ていうか。今からこっちに来る?馬鹿を言え。シンオウからホウエンなんて距離があり過ぎる。ドライブ感覚で行けるようなお手軽な距離ではないことを奴は知っている筈なのに。なんだ、あれか、お嫁さんにメロメロで馬鹿にでもやなってしまったのか。元々何処か阿呆っぽいところはあったけど。
無機質な音しか発さなくなったポケギアを見つめて溜まり込んだ溜息をつく。私をぐるぐるとした目で見つめてくるパッチールを見て「今から掃除しよう」なんて声を掛けたらパッチールはへらりと口を三日月の形に作り上げて、左右に頭を振った。
分かってるよ、ふらふらして危なっかしいことしか出来ないお前に掃除なんて出来ないこと位。


あなたのやさしさを感じた喜びに

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