あなた | ナノ
指定された時間より二十分程早く着いたというのに薄い緑色の髪を持つ彼は既に待っており、扉を開けて入ってきた私を見て軽く手を挙げた。
以前利用した喫茶店は、今は昼時なので前に来た時よりも人はわりかし多かった。


「待たせちゃいましたか?」
「いや、さっき来たばかりだから丁度よかったよ」
「それは良かった…改めてお久しぶりです」

「そうだね。最後に会ったのが…、…えーと、?」
「この前行われたコンテスト以来ですかね」
「そうだった。あの時は花束有難う」
「いえ、むしろすいません…あんな安っぽい物で」
「安っぽいなどとんでもない。嬉しかったよ」


軽く頭を下げるとミクリさんは少し慌てて手を振る。コンテストの堂々とした威風とは大分違っていた為少し可笑しかった。
ミクリさんとはダイゴの紹介で知り合ったが、知り合う前、何度かコンテストを覗いた時に彼の活躍を目にしていた事があった。ダイゴがチャンピオンを降り、彼が就任してからも時々合間を見てコンテストに出場しているらしく、ダイゴに頼まれて優勝祝いの花束を適当に買って行った所、周りの女性がとても豪華な花束を持っていたもので、安物でちんけな花束を持つ自分が恥ずかしくて「ちゃんとした高い物を買ってくれば良かった」と消えたくなったことがまだ記憶に強く残っていた。(ダイゴもダイゴだ。こっちは毎月家計は火の車だというのに自費で払わせやがって。)(まぁその後お礼はしてもらったけど。)

「今度出場される時はもっとちゃんとしたの買います…」

今回の花束はダイゴに頼まれて買ったのであって果たして「今度」ということがあるかは分からないけど。

「私はなまえさんが祝おうと思ってくれたこと、それだけで充分だよ」
「はぁ…」

初対面の人の心も簡単に掴めそうな優しい言葉と、ダイゴとはまた違う綺麗な笑顔に思わず引き攣った笑顔が出来上がった。正直取っ付きにくいなこの人。
余程の事がない限り余り会いたくない人となっているミクリさんは私の微妙な表情に気付いたのか気付かないのか「とりあえず何か頼むか」とメニューを手に取った。
もしかしなくてもこれは昼食一緒に食べようフラグじゃなかろうか。こんな人と昼食なんて摂っても何も話すことがなく、気まずさに押し潰されて食べた気がしなくなるのは目に見えている。

「…あの」
「何かな」
「用って…」
「何か急ぐ用事でも?」
「…急ぐとかじゃあないんですけど、…遊びに来た人家に残しちゃってるんで…ちょっと心配だったり」
「そんなことなら断ってくれてよかったのに」
「いえ…大丈夫です。なかなか強い子なんで。それで話とは」
「…?…あぁ。じゃあ本題に入ろうか…奴のことさ」

奴、とは私とミクリさんが知る共通の人物、ダイゴのことだろう。ダイゴがどうかしたんだろうか。ここ最近姿を見ていない。普段連絡を取り合って会うことはほとんど無いからよくは分からないが、婚約が決まったことで身内に挨拶をしたりと色々忙しいのかもしれない。

「何か連絡はきた?」
「ん…一ヶ月前位に喫茶店で話した位です。…普段連絡とかとらないんできてないですね」
「……結局言わなかったのかあいつは……」


私の返答にミクリさんは苦虫を潰した表情を浮かべ、どうしてあいつは私にいつもいつも…とかボスゴドラに押し潰されてしまえ…とか何とか時折酷い言葉をぶつぶつ呟き、私がじっと見ていることに今更ながら気付いてこほんと咳ばらいを一つ漏らす。ごまかしにすらなっていなかった。


「ダイゴは、」