あなた | ナノ
「そういえば今日此処に呼んだのは君だったね。式の話でうやむやになるところだった…それで、話って何かな?」
「…なんか、ダイゴと話してる内に解決しちゃったから、いいや」
「…ふぅん」

婚約者がいることが分かった上で告白なんて馬鹿な真似出来るわけがなかった。適当にごまかすとダイゴは少し納得のいかない顔をしていたが「なら別にいいけど」と頷く。
店員を呼び、カフェオレのおかわりを頼んだところでダイゴは口を開いた。

「ねえ、なまえ。そういえばそろそろ君の誕生日じゃなかった?僕の思い過ごしじゃなかったらの話だけど」
「え、何で知ってるの」
「去年君の所に遊びに行ったら、『誕生日なのに誰からも祝ってもらえなかった』なんて言って泣きながら酔い潰れてたよ」
「………」

そうか。だから目が覚めたらあんなにあった缶やらつまみやらが散乱しないで袋に入ってたわけだ。てっきり手持ちの一匹であるパッチールが片付けてくれたのだろうかと思っていたが、性質上、常にふらふらと歩いては物や壁に当たるあほの子がそんな芸当出来るわけがない。それでもあの子がやってくれたんだと無理矢理納得したのが一年前である。それにしても何故彼は普段家にはほとんど来ないくせしてなんてタイミングよく来るんだろうか。有り余る過去の失態に顔を背けるとダイゴは何も気にしていないのか声音を変えずに私に問い掛けた。

「それでさ、なまえは何か欲しい物ある?僕が買える範囲のものなら誕生日までに手に入れておくよ」
「え…」
「今までずっと知らなかったから…今年は祝ってあげる」

穏やかな笑みを添えて残酷な程に優しさをくれるこの人はもう少しで私の知らない人のものになる。そんな考えが頭に浮かぶ。それを無理矢理振り払って何か必要な物があったか思い巡らすが、特に何も見当たらない。

「何もないよ…ダイゴの作ったポフィンはこの間もらったからまだあるし」
「うーん、そういうのじゃなくてさ…」
「じゃあ…私がダイゴから貰ったら喜びそうなもの、とか…駄目かな」
「謎掛けかい?難しいね」

店員が持ってきたカフェオレを口にして、少し考え込むダイゴを見る。小綺麗な顔の眉と眉の間には不似合いな皺が幾本か浮かび上がっていた。

「ねえダイゴ…別に明日明後日が誕生日って訳じゃないんだし今考えなくても…」
「…そうだね。でもなるべく早く考えないと…これから忙しくなるからさ」
「…そう」
「ちゃんとなまえの喜ぶ物、考えておくからね」
「……うん、有難う」


****


その後、ポケモンの育成や進化についての話を二言三言交わした所で午後近くになっていたのと、彼にはやることがあったらしく、お互いにお開きには丁度よい頃合いだという意見が一致して別れた。
ダイゴの真っ直ぐで大きな背中が街角を曲がり見えなくなるまでぼんやりと見詰めて、帰路に着こうと歩き始める。何故だか足が異常に重かった。私は今になってようやく結婚やら何やらを現実として受け止めたのだろうか。変人として名高いダイゴがようやく婚約にありつけられることが出来たのに何も喜ぶことが出来ないのは、彼のことが好きだからだ。
今日のダイゴの幸せそうな表情が浮かんでは消える。好きな人の幸せこそが私の幸せだなんて心の狭い私にはそんなこと考えられない。
ダイゴと私は男女としては距離が近過ぎたのだ。それは、彼が私を女とは見られなくなる位に。

「もう、どうしろっての」

私の宙ぶらりんな片想いはどうしようもなく漂って消えるしかないらしかった。


あなたにいとしさを伝えるときに