あなた | ナノ
「式を挙げる日が、決まったんだ」


微笑みながらそう吐き出したダイゴは、私に一度薄く笑いかけた。私の瞳はそんな端正な顔の持ち主であるダイゴの笑みを映していたが、私自身はそんなことよりダイゴが言い放った言葉を頭の中で繰り返すことに必死だった。普段動きが鈍い脳みそが素晴らしい程迅速に動く。嘘だ。心の中で小さく呟く。余りにも急すぎて言葉を出そうにも出てくれない。ダイゴとの付き合いは結構長く続いているが、そういう類の話を交わすことは一切なかったし、持ち掛けたいと思ったことは何度かあったものの、人の心に敏感な彼に感づかれたことにより、長い間友人として一緒に歩き、培ってきたものを壊したくなかったのが正直な気持ちだ。それに…ダイゴは変わり者だ。顔だけで判断して痛い目を見た女の子を私はよく目にしていたし、言いにくいが正直なところ、こんな変な男に付き合ってやろうと思う人間なんて女だと私以外にいないだろうという変なよく分からない自信を持っていた。だって、ダイゴは余りにも普通の人とは違い過ぎる。ダイゴも「僕と真っ当に付き合ってくれる人なんてミクリと君くらいだよ」などとよく言っていた。そんな、彼にとっては何でもなかったかもしれないが私にとっては幸せな気分にさせてくれた言葉をくれた彼に、今日、一世一代の告白をしようとしていた私には先程の言葉はとてもとても残酷過ぎる言葉だったのだ。艶を出し、薄く染めたピンク色のマニキュアが付けられた爪を持つ指先が徐々に冷たくなっていく感覚を味わいながら私は「そう」と短く返した。ああ、無愛想過ぎや、しないだろうか。
いつも私はこんな素っ気ない返事をする人間だっただろうか。彼の言葉を理解してから頭が上手く働いてくれない。
私とダイゴ以外には店員しかいない午前の喫茶店には有名な音楽家が作曲した曲が静かに流れている。
目の前にいる彼は一人はにかみながら、先程運ばれてきたモンブランを美味しそうに咀嚼していた。私の愛想の欠片もない言葉はどうやら気にならなかったようだ。少し溜めた息を静かに吐き出して少し冷めたカフェオレを口に含む。少し苦い味が口内に広がり、顔をしかめているところでダイゴが「それで?」とだけ言葉を私に掛けた。


「…何が?」
「それだけ?もっと驚いたり寂しがったり、してくれはしないんだ?」
「…思考が追い付かなくて…ごめん」
「はは、君にもそういうことあるんだね」
「そりゃあ石が恋人なダイゴが婚約だよ?誰でも驚くって」


思考が追い付かないのは本当だ。手に持っていたカップを静かに置いて彼の澄んだスカイブルーの目を見る。口には出さないがダイゴは私の言葉を待っているのが分かった。溜まった唾液をごくりと飲み込み、考えた。笑いが沸々と込み上げてくる。私が長く隠してきたこの想いを伝えようと決めた日にこうして今まで気付かなかった彼の色恋沙汰にゴールが見えてきたことを伝えられてしまった私はなんて可哀想な女なのだろうか。自分で自分で可哀想だと思う自分が嫌になった。小さく笑みを浮かべる私にダイゴは訝し気に私を見詰め、「何かおかしいの?」と尋ねる。全然笑える話じゃないのに。どのくらいダイゴのことが好きだったか、伝えられればいいのに。首を振り、二拍つけたところで口を開く。


「けっこん、おめでとう」

ゆっくりと祝いの言葉にしては簡単で人並みの言葉を述べると、彼は幼い子供のように穢れのない笑顔を浮かべた。