あなた | ナノ
顔の目の前に差し出されたのはくんくんと匂いを嗅ぎながら辺りを見回して様子を窺う、忠犬として名高いガーディだった。毛並みはふさふさだ。至近距離だから手入れされているのがよく分かる。ホウエンには生息していないポケモンが何故こんなところに?ガーディを抱き上げている人物──ダイゴに問いかけると、彼はガーディを胸の高さまで下ろし、「女性の一人暮らしは危ないじゃないか」と言ってにっこり笑う。

「残念だけど番犬っぽいのなら一応いるからいらない」
「コリンクが?冗談よしてくれ。君のコリンクは初対面の人間にもすぐに懐くじゃないか」

好奇心の塊だしね。
ダイゴは私の足元でちょこんとおすわりをしているコリンクを見た。それからガーディを抱いていない方の手をポケットに入れて、素早くその手をポケットから抜き出し、遠くに何かを投げる動作をする。物が落ちる音なんていつまで経ってもしない。それなのにコリンクは嬉しそうな声を上げると一目散に部屋の奥へ駆け出していった。

「それにバカだし」
「……パッチール」
「常日頃惰眠を貪る子に防犯なんて出来る筈ないじゃないか、というわけでよろしくしてやってくれ」

ずいっ、と押し付けられたので反射的に受け取ってしまう。…うわ、炎タイプだからかすごく体温が高い。ぽかぽかする。

「躾もなってるから大丈夫だよ。血統書付きだし」
「血統書…」

そんな良いポケモンどこからもらってきたんだ。ききたい。ききたいが目の前のこの人は大手会社の社長の息子で、無駄に顔が広いから、きっと色々コネがあったんだろう。私の表情に何かを察したのかダイゴはガーディの鼻をつつきながら話しはじめた。

「それがね、知り合いの知り合いが警察犬を育て上げる…まあいわばブリーダーってやつをやっててさ。このガーディを育ててたらしいんだけど、思うように体が成長してくれなくて、最終段階で規定の大きさまでいってくれなかったから用済みでね。まわってまわって僕のところに来たんだけど、ほら、僕って鋼タイプにしか興味ないし、弱点のポケモンがいても鋼ポケモンに悪いだろ?」
「…はぁ」
「………そんなに嫌?」

悲しい顔で尋ねられるので、何だか自分がものすごく悪いことをしている気分になる。

「……いや、まあ、別にいいけど」

あー、飯代とかどうしよう。結構厳しかったりするんだけどな。……自分の食事代削ってたりしてるからそろそろやばい。そんなことを御曹子の彼に一言漏らせば、きっと金がないことを知らない人間だからけろりとした顔で懐から諭吉を出すのだろう。そんなこと言わないしさせないが。

いつの間にかガーディは私の腕の中でうとうとと半分眠りかけていた。ダイゴが興味深そうにガーディの顔を覗き込む。その顔は、私のコリンクのように好奇心であふれていた。少年のような輝きのある表情だ。

「……よろしく、ガーディ」

ガーディの尻尾がぴくりと揺れた。