あなた | ナノ
ごくりと固唾を飲んでから、一歩ずつ踏み締めるように玄関に進む。パッチールが私の服の裾を掴んでいたいたので若干歩きづらかった。少しだけ震える手をドアノブに伸ばし、触れる。……この扉一枚の向こうに彼がいる。一度深呼吸をゆっくり行ってからドアを開いた。

「やぁ、久し振りだね」
「……何も言わないでシンオウに行ったくせに、謝罪の一つもないんだ?」

目の前にいるダイゴは以前喫茶店でケーキを食べた頃と何ら変わっていなかった。びしっときまったスーツは整っている彼自身を相変わらず目立たせていたし、スカイブルーの瞳は──

「ああ、ごめんよ。色々事情があってね」
「………別にいいよ。元気そうなのは見て分かったし。とりあえず上がって」
「うん」

にこにこと綺麗な笑顔を浮かべる上機嫌な彼を室内に招き入れ、ソファーへ座るよう促す。私はキッチンに向かいながらまだ紅茶をいれていないことを言うと、「いつでもいいよ」と優しい声音が返ってきた。

「そっちはどう?」
「そっちって…ああ、シンオウのこと?」
「うん」
「緑はあるし、珍しい石は採れるし、自然豊かで素敵だね」
「そう。レモンティーとアップルティー、どっちにする?」
「うーん、…アップルティーにするかな」
「……分かった」

パッチールがふらふらと私の周りをぐるぐる回り始めたので唸って煩かったガーディを押し入れた寝室に連れて行き、そのままヤカンに水を入れて火を入れる。その間にちらりと彼を見ると、彼は何やら懐を漁っているところだった。

「なまえ、ちょっとこっちに来てくれないかい」
「何かあった?」
「ほら、僕、君に誕生日に祝いの言葉もプレゼントも渡してないじゃないか」
「…別に良かったのに」
「良くなんかないよ。その為に来たんだから、はい。…君に、これを」

そう言いながら彼は懐から出した白い袋を取り出した。思い切り勢いよく突き出され、若干それに怯みながら受け取る。…重さ的にも大きさ的にもこれはどう見ても、

「…石?」

何となく予想はしてたけども。確かに私はダイゴに抽象的なことを言ったけど、やっぱり結局ダイゴの手にかかれば全て石になってしまうのか。

「とりあえず見てみてよ」
「……あ、これ」
「ここら辺じゃ珍しいだろ?」

袋に手を突っ込んだところ、出てきたのは進化の石だった。炎の石と、光の石が二つ。彼の言う通り炎の石は炎の抜け道に向かわない限り手に入らないし、光の石に至っては私がホウエンで生活を始めてから一度も見たことがなかった。もしかしたら存在すらしていないのかもしれない。

「炎の石は、ほら…僕が君にあげたガーディにでも使ってくれ。そうすればもっと防犯効果が上がるだろ?」
「…光の石を使う子はいないからこの近くにある換金所に売れば?ホウエンにないからきっと高く売れるよ」
「……君酷いこと言うね。折角のプレゼントなのに」
「だって申し訳ないよ。幾らシンオウでもこういう石見つけるの面倒臭いし、光の石なんか…」
「光の石はお守り代わりにして欲しくて持ってきたんだ。それに家に戻ればまだ沢山あるから気にすることなんてない。持ってきた僕の為にも受け取ってくれ」
「──うん。ありがとう」
「なまえ、誕生日おめでとう。遅れて悪かったね」
「そんなの全然気にしてないよ。ありがとう。本当に」
「…喜んでくれた?」
「うん。嬉しいよ」
「それは良かった!」

彼はほっと胸を撫で下ろした後、ふとキッチンの方を指差し「そろそろ沸騰するんじゃない?」と振り返った。

「うん。そうだね。その前に、一つききたいことがあるんだけど」
「何かな?シンオウの生活なら紅茶を飲みながらの方がいいな」

キッチンからはヤカンが沸騰したことを知らせる甲高い音が聞こえる。不思議そうな、ヤカンを心配しているような彼の視線を受け流す。無自覚だったが、どうやら私は緊張しているらしかった。口内は若干渇いている。気持ち悪い感覚を振り払うようにかさついた唇を舌で舐めとり私は口を開く。ガーディの呻り声が寝室から微かに聞こえた気がした。

「……貴方誰?」