あなた | ナノ
会話を終えて無機質な音しか響かないポケギアをテーブルに置き、深く深呼吸を一つする。それはやけに静かなこの家によく響いた。心臓がどくどくとやけに早く響くのを感じながら震える手で軽く頭を掻きむしる。……落ち着かない。落ち着ける訳がない。
先程からパッチールがぐるぐると室内を闊歩しているのだが、果たしてその行為に意味はあるのだろうか。もしかしたら親である私の緊張が移ってしまったのかもしれない。普段我が道を貫き通しているこいつが興奮しているのだから、ただならぬことだと察知してしまったのだろう。こういう時に限って勘の鋭いのだから少し対応に困ってしまう。
落ち着いていられない時程いつものマイペースな所を見せてくれた方が返って冷静になれるのに。

ソファの上でしゃがみ込む体勢を取りながら闇しか見えない窓の向こうを見詰める。見詰めたからと言って急にダイゴが現れる訳ではないけれど、やはり来ると言われたからには色々と決心しなければならない。
深く深呼吸を行ってからソファーに座り込み、時計を見遣る。彼は、ダイゴはいつ来るのだろう。そもそも来るという確証がないのに、正直にこうやって待ってる私は馬鹿以外の何者でもなかったのかもしれない。
時計の秒針が静かに音を立てながら進む中、突然寝室のドアが鈍い音を立てて開く。パッチールと共に寝室へと視線を向ければ、いつも寝てばかりのガーディが眠たげな瞳を隠さずにゆっくりと出て来た。

いつの日かダイゴから譲り受けたガーディは体格が一回り小さかったのが原因で、訓練を受けても警察犬として現場での活躍は断念せざるを得なくなったというニートの私が申し訳なくなるような何とも言えない経歴を持っている。(彼は防犯の為だと言っていたがこんな辺鄙な土地に泥棒や暴漢が来たならそいつらは余程の物好きしかいないだろう。)

ガーディは鼻をひくつかせてから小さな体にごわごわと生える体毛をこれでもかというほど逆立たせる。低く唸る声は外で異変が起きていることを私に知らせた。初めて見る姿に「警察犬としての訓練を受けていた話は本当だったのだな」と今更思う。

コンコン、と二回ドアがノックされる音が部屋に響いた後、「なまえ」と控えめな懐かしい声が私の耳を擽った。