羊飼いの憂鬱-Memo | ナノ

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洗濯物を畳みながら「そろそろ衣替えの季節ですね」と、オディナさんに話題を振ったのがそもそもの発端だったのかもしれない。

私の言葉に、彼は内職の仕事の一つである薔薇の造花作りを行う手を止め、カレンダーへと目をやった。
六月後半。
梅雨も明けて、そろそろ蒸し暑い日々がやってくるのも時間の問題といったところである。


「ニホンでは、雨が降り続ける月が終わると急に蒸し暑くなるのでしたか」
「そうそう。だからそろそろ薄着の服でも見に行きませんか?」
「っ!……金なら日雇いで稼いだものがありますので!今回はきちんとはじめから、俺が!払います!」


慌てて金ならありますよアピールを行うオディナさん。
彼が着る衣服を買いに行ったところ、財布の中身が空っぽになってしまったことは今でもトラウマらしい。とんだ下らないトラウマを植え付けてしまったと内心申し訳ない気持ちになりながら「いつが空いていますか」と更なる誘いをかける。私は次の火曜と土曜が非番だった筈だ。どうにか予定が上手く噛み合えばいいのだが、どうだろう。

彼はスマートフォンを取り出すと、慣れない手付きで操作をし始め、暫く画面と睨み合った。それから眉間の皺を寄せたまま私の方へ顔を向ける。


「………日中はほぼ非番がありません。夜ですと、月曜と…水曜が空いています。出掛けるのは構いませんが、肝心な店が全て閉まっているかと」
「ああ……」


一体どれだけの仕事をぶち込んでいるというのか。
普通のサーヴァントなら、人間の労働など臍で茶を沸かすようなものだろう。どれだけ仕事を入れても支障はきたさないだろうが、今のオディナさんは睡眠も食事も必要になる程度にまで魔力の供給は抑えてある。
そんな状態でこんなに働いて死なないのだろうか。
サーヴァントに過労死は存在するのか、否か。聖杯戦争ルールブックなんてものがあれば今すぐ索引を探しているが、残念ながらそんな物はなく。

私の言いたげな視線に気付いたのか「この程度で倒れる程、俺は柔ではありませんよ」と控え目に物申される。


「魔力もいつも通りで構いません」
「……お辛くなったらすぐに仰って下さいね」

有無を言わせない雰囲気を醸し出されては、駄目とは言えない。無理はしないようにと釘を刺しておくと、彼は全世界の女性がうっとりと見惚れてしまいような笑顔で頷いた。この笑顔で「十万振り込んで欲しい」と言われればたちまち振込にATMへと行ってしまいたくなるような、そんな甘い笑顔だ。イケメンに弱くない体質で良かった。

それはそれとして。

こうも予定が合わなければ、出掛けるのも当分先の話になってしまうだろう。どうしたものかと小さく唸りながら考えていれば、ふと青い槍兵の男が脳裏に過ぎる。…そうだ。


「…ああ。オディナさんが良ければ、ランサーさんを誘って行ったらどうですか?」
「光の御子をですか」
「多分ランサーさんなら二つ返事で──」