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「はー。こたつってほんと、あったかいですねぇ」
 遅めの夕食を終えて台所で水仕事をしていたファルセットは、それらをすべて片付けていそいそとこたつに入った。先にその暖房器具の住人であったセイレーンの隣に収まって、セイレーンさまちょっと詰めてくださぁいと言いながら、手に持っていた盆から蜜柑と湯呑みを並べる。セイレーンは手元のリモコンで忙しなくチャンネルを回しながら賑やかなテレビに釘付けだ。胡散臭い未確認生命体の特集から名前の言えない芸人の体を張った一発芸、格闘技の生中継を何順かシャッフルして、結局トークが終わりやっと歌いはじめた歌番組に落ち着いた。音楽に興味があるのであって、残念ながら歌手自体には興味がないセイレーンである。彼女に輪をかけて芸能方面に疎いファルセットもまた然り。彼などはさっさとテレビ自体に関心を無くして蜜柑を剥くのに夢中になっている。
「はい、セイレーンさまー」
白い筋を丁寧に取り除いた橙色の一房で相変わらず熱心にテレビを見ている少女の唇をつつくと、セイレーンはおとなしく口を開けた。放り込まれたみずみずしい果物を無心にむぐむぐ咀嚼している若い歌姫を見て、ファルセットは相好を崩した。ああ幸せ。その片手には早くも次の一房がセットされ、セイレーンが再び口を開けるのを待っている。

 そのほのぼのとした光景を凄まじい形相で見詰めているのはバリトンだ。その向かいに位置するバスドラはやや沈痛な面持ちで眉間を抑えている。先程から一言も発しはしない約二名を含めこの部屋に現在いるのは合計四人であって、間違ってもファルセットとセイレーンの二人きりではない。居間に鎮座するこたつには大人三人と子供一人が無理矢理捩込まれていた。配置的には型の古いテレビを正面に見据えながらファルセットとセイレーンが仲良く座り、その両隣にバスドラとバリトンがそれぞれ一つずつ天板の一辺を陣取っている。
 どうしてこうなった。本人の髪色のようなオーラを全身から撒き散らして僕は今幸せです!と力いっぱい主張しているピンクの同僚と、我関せずという顔でテレビに意識をやっている元上司と、こいつらやべぇまじやべぇ爆発しろ!と顔面に貼付けているアクアブルーの同僚を視界に収め、バスドラは嘆息した。出来ることなら今すぐ裸足で逃げ出したい。本当にどうしてこうなった。

 時は数時間前に遡る。といっても、大して何かがあったわけではない。ただ年末であるし、家族水入らずで過ごすとウキウキ気分の国王夫妻に側近としての警備を御役目御免されてしまっては、嬉しいというよりもひたすら暇なだけだ。元々仕事で年末年始の予定を埋めていたのだから、突然降って湧いた空白に何もすることがない。バスドラもバリトンもお互い寂しい独り身である。恋人や家族と思い思いに過ごす他の友人達と今更連絡が着くはずもなく、誰もいない自宅で虚しく冷えた飯を食うよりは、まあ若干羽目を外しても怒られないだろうということで、行き着けの居酒屋に飲みに行った。その流れで人間世界で長期休暇中のもう一人の同僚、つまりファルセットの住家に突撃しようという話になって、実際アポなしの特攻を仕掛けたわけなのだが。
 メイジャーランドにいるバスドラとバリトンが知らなかっただけで、地上で療養を兼ねた休暇を楽しむファルセットは実際一人暮らしではない。彼はかつての上司であるセイレーン改め黒川エレンと同棲している。そう言うとなんとなく怪しく聞こえるが、二人の間にはまったくもって疚しい関係などない。あるのは父性だ。ちなみにこれは後にファルセット本人が語ったことである。どうだか。
 当面人間世界で生活することを決めたセイレーンは、いつまでも調べの館で血縁者でもなんでもない他人のやっかいになっているわけにはいかないと悩んでいた。長期休暇があっさり受諾されてしまったファルセットはしばらく人間世界で暮らすならどんな家で過ごそうかと悩んでいた。つまりはそういうことだ。ひょんなことからセイレーンの悩みを把握したファルセットは、それなりに利便性が良くてセイレーンの通う学校や友達の家から程近いこじんまりとしたアパートを買った。一室を、ではない。建物のある敷地ごとまるっと購入したのである。腐っても三銃士、腐っても一国の統治者の側近だ。散財するような趣味もなかったファルセットは生活こそ質素だが、とにかく金と地位と名誉だけは阿呆ほど持っている。メイジャーランドの自宅地下に眠っている金塊を適当に換金して、それを適当にトランクに詰めて、まさかの即金購入をやらかした翌日、調べの館に赴き、うちのアパートに来たらいいじゃないですかぁとセイレーンを口説き落とした。ちなみにこの件に関してファルセットは事前に音吉と国王夫妻の許可を得ている。普段間抜けというか見ていて心配になるようなドジを踏むファルセットは、こういうときだけ異常に根回しが早く手際が良い。繰り返すが腐っても三銃士、やれば出来る男である。
 そんなこんなでアパートに移ったセイレーンは、名目はどうであれ実質ファルセットと二人暮らしの生活を送っている。一応年頃の少女のプライバシーを尊重した結果セイレーンには隣の部屋とその鍵が与えられているが、そこは寝室兼物置と化していて、彼女はもっぱらファルセットの部屋に入り浸っている。休暇として人間世界に滞在しているファルセットは家事くらいしかやることがないし、食事を作るなら一人分も二人分も一緒だ。食べるなら大人数で食べる方が美味しいに決まっている。赤の他人から部下上司という関係を経たファルセットとセイレーンは今では保護者と被保護者に落ち着いていた。
 そこにそうとは知らず酔った勢いで突撃したバスドラとバリトンは堪らない。当然のように世話を焼く同僚と世話される元上司という構図はまだいいとしても、これはちょっと度を越しているのではないか。突然の訪問にも笑顔で出迎えてくれたファルセットの出した鰊の乗った温かい年越蕎麦を平らげて、一息ついたのちによく回りを見てみたら、色々とまずいような気がしてきた二人である。程よく回っていた酔いはどこか遠くに吹っ飛んで帰って来ない。

 どう見てもファルセットとセイレーンはいちゃいちゃしていた。セイレーンは自らアクションを起こしていないが、与えられるそれを拒まない時点で同罪だろう。ファルセットが剥く蜜柑は早くも二個目に突入している。綺麗に筋の取り除かれたそれはすべてセイレーンの口の中に消えているので、ファルセットは一つも食べていない。視線さえ寄越されないというのにそれでもにこにこしている同僚がこわい。主に犯罪者的な意味で。流石に二十も年下の少女に手を出したら犯罪だ。訴えられたら確実に負ける。大丈夫か、大丈夫なのかファルセット。国民の手本となるべき三銃士がそれでいいのかファルセット。
「……バスドラ、まさかファルセットはロリコ」
「みなまで言うなバリトン。あとお前はその顔やめろ」
折角の白皙の美貌に深い眉間の皺を刻み、これでもかと目玉をひん剥いて、鬼の形相というか、お世辞にも美しいとは言い難い表情を湛えた同僚とこそこそ話をしても、距離的に聞こえていないはずのない話題の二人は気にする風もない。いや、むしろ本当に外野の声など聞こえていないのかもしれない。そろそろ日付も変わろうかという頃合いだ。十四でまだまだ育ち盛りな少女には少々遅い時間帯で、クライマックスを迎えた歌番組を映す画面を見る目線はそのままに、瞼は眠たげにとろんとしている。緩くもたれ掛かってきたセイレーンに、砂糖菓子よりも甘やかな表情を浮かべるファルセットが肩を貸さないはずもなく。さらにはするりと流れる艶やかな黒髪を指先で優しく弄び、時折くすぐったそうに身じろぎする少女の頭をあやすように撫で、完全に二人きりの世界に浸っている。
 胃薬が欲しい。頭痛薬でもいい。というか酒だ、なるべく強い酒を持って来い。目だけで意思疎通したバスドラとバリトンは無言のうちに飲み直しを決意した。やってられるか!その悲痛な内なる声を代弁するように鳴りはじめたのは、煩悩を打ち消すという除夜の鐘である。ファルセットは殺伐とした空気を醸し出す死んだ瞳の同僚達には目もくれず、セイレーンを尊い壊れ物のように横抱きにしてゆっくりと立ち上がった。彼の愛する歌姫は完全に眠ってしまったらしい。バスドラはこういうのは除夜の鐘の対応範囲外なのかと頭を悩ませ、バリトンはそうだ来年こそ彼女を作ろうと決意した。そんな平和なとある大晦日の出来事である。



歳末カウントダウン
2011.12.31




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テーマ「人外ファンタジー」
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